抄録
【はじめに、目的】 人工膝関節置換術(以下TKA)は変形性膝関節症など膝関節痛を有す患者に対する外科的治療として普及している。その術後痛の遷延化は術後予後に影響を及ぼす。我々は前年度の本大会において、術後痛とneglect-like symptoms(以下NLS)に関連があると報告した。NLSはGalarらが最初に報告したもので、疼痛を有する自肢の存在と運動の認識能力の低下した症状である。本研究はNLSと感覚機能、運動機能、不安状態などの因子を加え、術後痛に影響を与える因子を検討することを目的とした。【方法】 対象は当院にてTKAを施行された患者21名(平均年齢75.6±5.6)であった。全例CR typeで右側10例左側9例であった。全ての評価は術後5週時点に行った。今回選択した因子は、感覚機能として関節位置覚(以下JPS)、運動機能として術側膝伸展筋力(以下筋力)、不安状態としてpain catastrophizing scale(以下PCS)を選択し、さらに一般的情報として年齢、BMIを加えた。疼痛の評価はvisual analog scale(以下VAS-p)を用いた。NLSの評価はFrettlohらの評価表を日本語訳し使用した。詳細を以下に記す。(1)痛い所は意識しなければ動かないか。(2)痛い部位を動かすには全神経を集中させる必要があるか。(3)痛い所が勝手に動くことがあるか。(4)痛い所は自分の身体の一部ではない気がするか。(5)痛い所の感覚がない気がするか。評価方法はVASと同様に行い、全項目の合計点を算出し、これをNLS score(以下NLS-s)とした。JPSの評価方法は、被験者を端座位にて閉眼とし、験者が任意の膝屈曲角度で5秒間保持しその角度を被験者に記憶させた後、他動的に膝を動かし、初めに記憶した角度に到達した時に口頭にて申告させ、初めの屈曲角度との誤差を計測した。筋力の評価は、被験者を端座位とし、膝屈曲60°にて最大等尺性収縮力をHand Held Dynamometerにて計測した。得られた値を各被験者の体重で除し標準化した値を採用した。PCSは演者が面接形式で評価した。統計学的手法は各因子の関連を調査するためPearsonの相関係数を求めた後、VAS-pを目的変数、その他の因子を説明変数とした重回帰分析を行った。統計学的有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院における倫理審査委員会の審査及び承認を得て、対象者には本研究の目的を口頭にて説明し同意を得た。【結果】 VAS-pと各因子との単相関係数は、NLS-sがr=0.64、JPSがr=0.38、筋力がr=-0.15、PCSがr=0.55、BMIがr=-0.09、年齢がr=0.21であった。またNLS-sと関連が高いものとして、PCSがr=0.66、JPSがr=0.42、筋力がr=-0.36であった。これらの結果を元に、術後痛に影響する因子を検討するため、VAS-pを目的変数とし、説明変数にNLS-s、JPS、PCSを抽出した重回帰分析を行った。その結果NLSのみに有意な関連がみられた(決定係数r2=0.49、回帰係数0.11)。【考察】 VAS-pとNLS-sやPCS及びJPSとは中等度の相関がみられたが、筋力は相関係数が低かった。またNLS-sとPCSは高い相関がみられ、JPSとは中等度の相関関係がみられたが、筋力との相関関係は低い結果となった。さらに重回帰分析の結果NLS-sのみがVAS-pと有意な関連がみられた。NLSはCRPSといった慢性疼痛患者において多く報告されており、その原因として感覚機能そのものの問題と視覚や体性感覚といった感覚統合の問題とする報告がある。本研究においても、NLS-sには筋力よりもJPSにやや高い相関関係がみられており、術後NLSにおいても感覚機能の重要性が示唆された。またVAS-pやNLS-sとPCSに関連がみられた。PCSは疼痛に対する不安や破局的思考の強さを示す。こうした精神状態も術後痛やNLSに影響する可能性があることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 TKAの術後痛とNLSに関連があり、さらにNLSには筋力のみでなくJPSといった感覚機能が関連していることがわかった。術後NLSを呈している患者には筋力強化といった機能訓練のみでなく、感覚機能に対するアプローチの重要性が示唆された。また不安感といった精神状態が疼痛やNLSと関連がみられており、患者にいかに不安を与えずにリハビリテーションを行うかが重要であることが示唆された。