抄録
【はじめに、目的】 膝前十字靭帯(以下;ACL)損傷の発生頻度は非常に高く,その治療法としては世界的にも手術療法が標準的な治療手技として選択されている.その背景には,手術成績が安定していること等が挙げられるが,ACLの自然治癒が困難であるという要因も存在している.その中でも,タンパク質分解酵素であるMatrix Metalloproteinases(以下;MMP)が組織損傷急性期に有意に発現がすることが報告されており(Zhenyu T, et al; 2009),その結果としてACLが退縮・消失していくことが治癒困難の要因の一つとして注目されている.一方,井原ら(1990)はKyuro装具を用いた早期からの積極的運動療法により,保存療法においてヒトACLが自然治癒することを証明した.国分ら(2009)はラットACL新鮮損傷の保存的治療法モデルにて治癒したACLの連続性を組織像にて報告している.しかし,ACLが自然治癒する要因に関しては現在のところ未解明である.それ故,靭帯治癒の根底を為す損傷急性期における関節内組織のタンパク質分解酵素の動態を明らかにすることを目的とした.【方法】 Wistar系雄性ラット(16 週齢)24匹を対象とし,関節制動群,ACL損傷群,Sham群の3群(各8匹)に分類した.さらに3群をそれぞれ手術後1日,3日に分け生化学試験(各3匹)および組織学試験(各1匹)を行った.関節制動群は,深麻酔下にて右膝関節のACLを外科的に切断し,徒手的に脛骨の前方引き出しを行い,完全断裂していることを確認した.その後,脛骨の異常運動を制動する為に脛骨粗面下部に骨孔を作製し,ナイロン糸をその骨孔と大腿骨遠位部顆部後面にループを形成するように結び関節制動を行った.ACL損傷群は,関節制動群と同様な方法で骨孔の作製およびACLを切断した.Sham群は,脛骨の骨孔作製と膝関節包の切開および縫合を行った.手術後はゲージ内にて自由飼育とし,水と飼料は自由摂取とした.手術後1,3日に屠殺し,生化学試験用にACL,内側半月および外側半月を採取し,total RNAを抽出した.その後,リアルタイムPCR法にてmRNA発現量を検討した.プライマーはMMP-13とその阻害酵素であるTissue Inhibitor of Metalloproteinase-1(以下;TIMP-1)を使用した.各mRNA発現量はβactin mRNA発現量で正規化し,各群のmRNA発現量を比較する為に,クラスカル・ウォリス検定,多重比較としてスティール・ドゥワス検定を使用した.また,組織学試験用に膝関節を摘出し,10%ホルムアルデヒドにてover nightで固定,その後10%EDTAに4週間浸潤させ脱灰し,凍結包埋した.その後クリオスタットにて12μmで薄切し,ヘマトキシリン-エオジン染色を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は,埼玉県立大学動物実験実施倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 手術後1日の群間の比較では,ACL,内側半月のMMP-13/TIMP-1mRNA発現量に有意差を認めた(p<0.05).外側半月は全ての群において有意差を認めなかった.手術後3日の群間の比較においても手術後1日と同様の結果が得られた.多重比較検定では,手術後1日のACLのMMP-13/TIMP-1mRNA発現量にてACL損傷群と関節制動群はSham群よりも高い発現を認めた (p<0.05).内側半月ではACL損傷群は,関節制動群,Sham群よりも高い発現を認めた(p<0.05).手術後3日のMMP-13/TIMP-1の発現量では,ACL,内側半月ともにACL損傷群は,関節制動群,Sham群よりも高い発現を認めた (p<0.05).【考察】 本研究では,二つの介入群とSham群における関節内組織のMMP-13/TIMP-1mRNA発現量の違いについて検討した.MMP-13とTIMP-1mRNA発現量の比率が重要であり,TIMP-1に比べMMP-13mRNA発現量が高いと組織破壊が進行しているという指標になる.本研究結果から,ACL損傷後に異常運動を制動せず放置させた場合には,断裂したACLのみならず内側半月からもMMP-13mRNA発現量が増えることが明らかとなった.一方で異常運動を制動した場合は内側半月のみならず,ACLのMMP-13mRNA発現量もACL損傷群と比較すると低値になることが示された.今回の結果から,ACL損傷急性期に関節制動を行うと,関節内のMMP-13の発現が抑制されることが明らかになった.今後は長期的に経過を追うことでこの動態がどのように変化していくのかを検討する必要があると考える.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,ACL損傷急性期の関節内組織におけるタンパク質分解酵素の動態を検討した.ACL損傷後,放置することで内側半月へのメカニカルストレスが増え,変形性膝関節症へと進行する.今回,脛骨の大腿骨に対する異常運動を制動することで,内側半月に生じるメカニカルストレスによるMMP-13mRNA発現量を抑制させ,ACL自体のMMP-13mRNA発現量を抑制させた.このような運動学的視点に基づいた保存療法による効果を明らかにする研究は,理学療法の介入意義を証明することに繋がると考える.