抄録
【はじめに、目的】 Whole body vibration exercise(以下WBV-Ex)は,振動するプラットフォーム上でスクワット位や片脚立位を保持する運動であり,アスリートや健常者の身体機能改善を目的に行われるトレーニングの一つである.このWBV-Exの短期的効果として,下肢の等尺性筋力とジャンプ高が増加したという報告がある(Bosco, 1998).一方,振動刺激は関節固有感覚の低下を引き起こすとした論文も散見され,WBV-Exの効果的な使用方法については,十分な議論に達していない.特に,単回のWBV-Exにより関節固有感覚や重心動揺にどのような影響をもたらすか,検討した論文は少ない.そこで本研究の目的は,健常者を対象とし膝関節固有感覚および重心動揺に対するWBV-Exの急性効果を明らかにすることとした.【方法】 対象は,健常男性6名(年齢:31.0±2.2歳、身長:170.8±6.8cm、体重:62.3+6.0kg)の利き足6脚(全て右脚)とした.WBV-Ex課題は,振動プラットフォームであるPower Plate(International, Netherlands)を用い,振動刺激下にて膝関節30°屈曲位での1分間の右片脚立位保持とした.振動刺激条件は30Hz,振幅4mmとした.Control課題は,振動刺激なしで同様の姿勢保持とした.WBV-Ex施行とControl施行を無作為に実施し,2施行はそれぞれ別日に実施した.運動課題前と直後に,膝関節固有感覚と重心動揺を測定した.膝関節固有感覚の測定には固有運動覚・位置覚測定装置(センサー応用社,日本)を用いた.測定は対象者の視覚および聴覚情報の入力が無いようアイマスク,ホワイトノイズが流れるイヤホン装着下にて実施し,座位にて右膝関節の固有感覚測定を行った.位置覚の測定は,膝関節屈曲30°で5秒間静止させた位置を対象者に記憶させ,その後膝関節屈曲90°の位置から5.0°/秒にて他動的に伸展方向に下腿を動かした.対象者には,記憶した角度に達したと感じた時点でスイッチを押すように指示した.膝関節屈曲30°との誤差角度を記録し,3回の平均値を算出した.運動覚の測定は膝関節屈曲30°を開始角度とし,屈曲方向へ2種類の角速度(0.2°/秒と1.0°/秒)で他動的に下腿を動かした.対象者には下腿が動いたと感じた時点でスイッチを押すように指示し,運動開始からスイッチを押すまでに経過した時間を運動覚誤差時間として記録した.速度の順番は無作為とし,それぞれ3回測定し平均値を算出した.重心動揺の測定には,床反力計(AMTI,USA)を用いた.対象者は開眼にて床反力計の上に30秒間利き足で片脚立位保持を行い,総軌跡長を算出した.測定は3回実施し,その平均値を算出した.統計学的解析として,得られた結果は平均値±標準偏差で表記し,2施行間の比較には対応のあるt検定を用いた.統計解析にはPASW statistics ver.18(SPSS Japan,日本)を使用し,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は広島大学病院倫理審査委員会の承認を得た.また対象者に研究内容を説明ののち,同意を得てから測定を行った.【結果】 膝の位置覚について誤差角度は,WBV-ExおよびControl施行前後で有意な変化を認めなかった(WBV-Ex前 2.8±1.8 vs 後 2.5±1.7°;p=0.763,Control前 2.6±1.2 vs 後 2.5±0.6°;p=0.887).運動覚において角速度0.2°/秒での誤差時間は,WBV-ExおよびControl施行前後で有意な変化を認めなかった(WBV-Ex前 2.5±2.1 vs 後 3.5±5.3秒;p=0.544,Control前 2.4±1.1 vs 後 3.5±2.0秒;p=0.308).角速度1.0°/秒での誤差時間も同様に両施行前後で有意な変化を認めなかった(WBV-Ex前 0.5±0.2 vs 後 0.4±0.1秒;p=0.455,Control前 0.5±0.2 vs 後 0.6±0.2秒;p=0.219).重心動揺において、総軌跡長はWBV-ExおよびControl施行前後で有意な変化を認めなかった(WBV-Ex前 155.6±12.1 vs 後 148.9±27.9 cm;p=0.175,Control前 150.4±32.9 vs 後 143.2±31.3 cm;p=0.267).【考察】 振動刺激により固有感覚低下を生じると考えられている(Proske, 2005).しかしながら本研究の結果から,健常者の膝関節固有位置覚および運動覚は単回のWBV-Exによって影響を受けないことが明らかとなった.一方,立位バランスは固有感覚の影響を受けると報告されており(Lee, 2009),本研究では立位バランスも固有感覚と同様にWBV-Exの影響を受けなかった.今回の結果より,健常男性に対する単回のWBV-Exは膝固有感覚や重心動揺に対しての急性効果を持たないことが明らかとなった.今後は,疾患患者や虚弱高齢者などバランス改善が必要な対象者やWBV-Ex継続による効果ついて検討を行う必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究において健常者における単回のWBV-Exが膝関節固有感覚や重心動揺に影響しないことが明らかとなった.このことは,WBV-Exを理学療法応用する際の適応やプロトコル立案を行う一助となる.