抄録
【はじめに】 変形性膝関節症患者では疼痛や関節可動域制限などの「機能障害」,基本的動作能力の低下などの「機能的制限」,日常生活活動能力低下などの「活動制限」,負担の重い家事や日用品の買い物,地域行事への参加,行楽に出かけるなどの下肢機能に関連した「参加制約」が生じることが報告されている。したがって,機能障害と機能的制限,活動制限,参加制約の間に何らかの関連があることが考えられるが,直接の関係は明らかになっていない。理学療法を実施するにあたって機能的制限,活動制限,参加制約の改善を目標とする以上,機能障害がどのように影響を与えているかを明らかにする必要がある。そこで本研究では,先行研究をもとに機能障害である疼痛は機能的制限,活動制限,参加制約へそれぞれ直接の関係が存在し,関節可動域は活動制限に直接の関係が存在するとした予測モデルを作成し,パス解析によってこのモデルの妥当性について検討した。【方法】 平成19年5月から平成23年6月までに当院整形外科で高度変形性膝関節症と診断され人工膝関節置換術を施行した89名(男性18名,女性71名,73.6(46~87)歳)を対象とし,対象患者の診療録から後ろ向きに術前のデータを取得した。機能障害の評価には,変形性膝関節症の典型的な症状である関節可動域制限と疼痛についてのデータを用いた。関節可動域の評価(以下 屈曲角度)は,徒手により測定した膝関節屈曲角度の実測値を用いた。疼痛の評価は日本語版膝機能評価法(WOMAC Japanese developed scale version;以下準WOMAC)の「疼痛」の下位尺度を用いた。これは得点が高いほど疼痛が少ないことを表している。機能的制限の評価にはTimed〝Up and Go″test (以下TUG)を用いた。活動制限と参加制約の評価には準WOMACの「身体機能」の下位尺度を用い,それぞれICFコードで「活動」に分類される15項目の合計得点を0~75点,「参加」に分類される2項目の合計得点を0~10点で表した。これは,得点が高いほど困難であることを示している。これらの変数より屈曲角度,疼痛を外生変数とし,TUG,「活動」項目,「参加」項目を内生変数としてパス解析を行った。パス解析は,観測変数間に考えられるパスを全て描き,修正指数や各適合度指標をもとにモデルの修正を繰り返し,適合度が高いモデルを採用した。パス解析にはSPSS Amos ver.19.0を用い,危険率5%未満を有意水準とした。【説明と同意】 対象者には研究に対する十分な説明の後,書面にて研究参加の同意を得た。なお本研究は当院倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 各変数の平均値±標準偏差は屈曲角度123.4±13.8度,疼痛53.6±18.5点 ,機能的制限16.4±9.6秒,活動制限40.8±10.4 点,参加制約6.1±2.0点であった。パス解析の結果,予測モデルにおいて適合指標であるGFI(Goodness of Fit Index)=0.982, AGFI(Adjusted Goodness of Fit Index)=0.911,CFI(Comparative Fit Index)=0.988,RMSEA(Root Mean square Residual)=0.059,AIC(Akaike’s Information Criterion)=27.932であったため,予測モデルは妥当であると判断されたが,より適切なモデルを得るため最も有意でないパスを1つずつ削除し分析した結果,より適合度の高い解析モデルが得られた。本モデルにおいて有意な標準化パス係数は屈曲角度から活動制限で-0.181 (P=0.045),疼痛から活動制限で-0.433(P=0.000),機能的制限から活動制限で0.237(P=0.01),活動制限から参加制約で0.648 (P=0.000)であった。本モデルの適合指標は,GFI=0.973,AGFI=0.920,CFI=0.988,RMSEA=0.046,AIC=25.950であった。【考察】 高度変形性膝関節症患者において疼痛は機能的制限,活動制限,参加制約へ直接のパスがあると予測していたが,疼痛から機能的制限と参加制約に直接のパスはみられず,活動制限を介して参加制約に影響を及ぼしていることが示された。また関節可動域においても,活動制限にのみ直接のパスがみられた。最も有意なパスは,疼痛から活動制限を介して参加制約まで達するパスであった。高度変形性膝関節症患者の活動制限は機能障害や機能的制限から直接影響を受けるが,参加制約は機能障害や機能的制限からは活動制限を介して間接的に影響を受けることが示された。この結果より,膝関節の疼痛や関節可動域制限,基本動作能力の低下は直接社会参加に影響を及ぼすのではなく,まず日常生活活動に影響を与え,日常生活での活動能力が低下することにより活動範囲の狭小化が起こり,外出が困難となり参加制約が起こっているものと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 参加制約の改善には,疼痛や関節可動域の改善および日常生活活動能力の向上を促進するようなプログラムが有用であり,参加制約の改善には一定の時間を要することが推察された。