抄録
【はじめに、目的】 当院では人工股関節全置換術(以下THA)施行患者に対し術後21日での自宅退院を目標としたクリティカルパス(以下パス)を使用している。我々は第43回および46回の本学会において、THAパスの術後アウトカムにおいてバリアンスが生じた場合は転院する可能性が高いことを報告した。今回、術後アウトカムに影響する術前因子を明らかにすることを目的に検討を行った。【方法】 対象は2009年7月~2010年6月にTHAを施行した105例のうち、データの得られた70例とした。当院のパスでは動作能力のアウトカムとして「T-cane歩行および階段昇降能力の獲得」を術後21日目に設定している。このアウトカムが達成できた群(以下達成群)49例と達成できなかった群(以下未達成群)21例に分類し術前の評価項目を比較した。術前評価項目として、年齢、BMI、術側・非術側日整会股関節機能判定基準(以下JOA)、安静時痛、歩行時痛、術側股関節屈曲・伸展・外転関節可動域(以下ROM)、術側股関節外転筋力(以下外転筋力)、Timed Up and Go test(以下TUG)を評価した。統計処理は、2群間の比較はMann-whitney検定を用い、2群間で有意差を認めた項目を独立変数、術後21日目のアウトカム達成の可否を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。ロジスティック回帰分析により有意な項目として選択された要因について、ROC曲線を用いてカットオフ値および曲線下面積(以下AUC)、感度、特異度、正診率、陽性的中率、陰性的中率を算出した。統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院臨床研究センターの承認を受け、対象者にデータ収集の同意を得て実施した。【結果】 達成群と未達成群間の比較において、年齢、BMI、術側JOA、非術側JOA、歩行時痛、伸展ROM、外転筋力、TUGに有意差を認めた。有意差を認めた8項目を独立変数、術後21日目のアウトカム達成の可否を従属変数としたロジスティック回帰分析により、BMI(偏回帰係数:-0.167、p値:0.030、OR:0.846、95%CI:0.728-0.984)とTUG(偏回帰係数:-0.151、p値:0.001、OR:0.860、95%CI:0.787-0.939)が選択された。BMIのROC曲線より求めたカットオフ値は24.4kg/m2(感度57%、特異度69%、正診率66%、陽性的中率44%、陰性的中率79%)であり、AUCは0.66であった。TUGのROC曲線より求めたカットオフ値は14.4秒(感度73%、特異度69%、正診率70%、陽性的中率42%、陰性的中率89%)であり、AUCは0.83であった。対象の70例のうち、カットオフ値であるBMI24.4kg/m2未満およびTUG14.4秒未満を満たす22例、BMI24.4kg/m2以上およびTUG14.4秒以上を満たす9例の計31例においては、感度100%、特異度88%、正診率90%、陽性的中率67%、陰性的中率100%の確率で術後21日目のアウトカム達成の可否を予測した。【考察】 結果より、術後21日目のアウトカムに影響する術前因子としてBMIとTUGが選択され、最も影響する因子はTUGであることが明らかになった。THA術前のTUGは術後の歩行能力予測に有用と報告されており、また術前のTUGは筋力などの股関節機能や年齢よりも術後の歩行能力と高い相関がみられたとも報告されている。森田らは、術前の歩行が安定していることは術後早期のT-cane歩行自立までの期間ならびに早期退院の指標となる、と述べており、本研究の結果から術前の歩行の安定状態を評価するTUGは術後の動作能力獲得の指標として有用であったと考える。THA施行患者における肥満は術中出血量や手術時間の増加、術後脱臼や深部静脈血栓症の発生率の増加など臨床成績を低下させる要因であるとの報告が多い。またBMIと外転筋力の回復やT-cane歩行開始および獲得までの期間との相関、肥満による機能回復や術後在院日数への影響が報告されており、肥満が術後動作能力の獲得に影響していることは本研究の結果と同様であった。本研究におけるTUGおよびBMIのカットオフ値の陰性的中率はそれぞれ89%、79%と高率であり、両方のカットオフ値を満たす症例における陰性的中率は100%であった。これは術前のTUGやBMIは術後21日目のアウトカム達成の可能性を判断する指標として有用であることを示している。しかし、いずれの指標においても陽性的中率は40%程度と低率であり、両方のカットオフ値を満たす症例における陽性的中率も67%とアウトカムが未達成となる可能性を判断する指標としては有用ではないことを示している。このことより、アウトカムが未達成となる症例には他の因子が存在していることが予測され、今後の検討が必要と考える。【理学療法学研究としての意義】 THA後21日目のT-cane歩行および階段昇降能力獲得の可能性を術前のTUGおよびBMIから予測し得ることは、術前から術後の状態を予測する指標となり理学療法を実施する上で有用である。