抄録
【はじめに,目的】 2010年4月の診療報酬改訂において,「癌患者リハビリテーション料」が新設され,癌患者に対するリハビリテーション(リハ)の重要性が認識されつつある.手術技術の進歩や栄養管理等の発達により,癌患者に対する手術件数に占める高齢者ならびに全身状態不良の割合も多くなっている.そのため,術前から介入し,術後の早期離床を促すことによって,術後肺炎などの合併症を予防し,早期退院を導くことを目的とした周術期リハの役割は極めて重要とである.外科手術の分野において,術前の患者状態や術中の手術関連因子が術後の合併症に影響することが広く知られている.一方で,歩行獲得を長期化させる術前,術中因子については未だ十分明らかでない.そのため,術後リハ施行日数に影響する術前,術中因子を明らかにすることができれば,周術期リハプログラム作成のための一助となり得ると期待される.本研究では術後から歩行獲得までの日数に影響を及ぼす術前,術中因子の抽出を行うことを目的とした.【対象と方法】 2011年5月から11月までの期間,当院において術前よりリハ介入を行いえた開胸もしくは開腹術を施行された癌患者を対象とした単施設後方視的観察研究.再手術が必要となった症例は除外した.以下の評価項目のうち,手術関連項目以外は術前に測定した.「基本情報」として年齢,性別,BMI,血清アルブミン値,喫煙歴(ブリンクマン指数),「手術関連項目」として手術時間,出血量,「呼吸機能」として,肺活量,努力性肺活量,1秒量,「精神,認知機能」として呼吸関連QOLを表すCOPD Assessment Test (CAT),The Hospital Anxiety and Depression Scale (HADS),Mini Mental State Examination,「身体機能」として6分間歩行距離,握力,片脚立位時間,ADL (Barthel index)を計測した.歩行獲得の定義を「150m以上の連続歩行が自立すること」とし,術日から歩行獲得までにかかった日数により2群(標準群:20日未満, 遅延群:20日以上)に分けた.統計学的検討は,Mann-Whitney U検定を用い,標準群と遅延群を比較した.統計ソフトはSPSS16.0Jを用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は,名古屋大学医学部附属病院倫理委員会の承認(承認番号117)を得て実施している.各項目については,測定前インフォームドコンセントを行い,対象者より口答にて承諾を得た.【結果】 症例は36例(男性29例,女性7例,年齢70.4±8.2歳).疾患内訳は食道癌10例,肝・胆管・膵癌9例,肺癌7例,胃癌6例,大腸癌4例であった.手術日から歩行獲得に要した日数は,平均17日(標準群21例,遅延群16例)であった.両群間において,手術時間,出血量,HADS (depression)に有意差を認めた.手術時間は標準群と遅延群でそれぞれ377±253分,600±237分 (p<0.05),出血量は標準群が670±741 ml,遅延群が1519±1086ml (p<0.01)といずれも遅延群で有意に高値であった.HADS (depression)においても標準群が6.0±4.0点,遅延群が8.2±3.2点 (p<0.05)と遅延群で有意に高値であった.その他評価項目については両群間に有意差を認めなかった.【考察】 術前を含めた周術期包括的呼吸リハ介入は,術後の呼吸器合併症を減らし,在院期間を短縮させると報告されている.我々の検討において,手術時間,出血量という手術の侵襲度の指標に加え,術前におけるHADSでの抑うつの程度が歩行獲得期間を有為に左右するという知見が得られた.このことから,外科手術を控えた患者の精神状態が,術後のリハ成績に影響を及ぼしうると考えられる.従来リハの基本的な測定項目は身体機能の評価に重きが置かれており,精神面の評価が十分ではない可能性もある.更には周術期リハにおける精神面ケアの重要性が示唆される.【理学療法学研究としての意義】 本研究の知見から開胸もしくは開腹術後患者の歩行獲得を長期化させる重要な因子として,術前の抑うつが認められた.このことは,今後このような患者に対する周術期リハにおいては身体機能,呼吸機能に加え,精神面の把握と配慮が必要であると示唆された.尚,本研究は疾患群別の対象患者が少数例であるため,手術様式別に分類した検討は行えていない.今後は症例の集積により,歩行獲得を長期化させる因子における各評価項目間の関連,手術様式の影響,術前抑うつに影響を及ぼす要因についても更なる検討を行う必要がある.