抄録
【はじめに、目的】 再発性多発性軟骨炎(Relapsing Polychondritis, 以下RP)は全身の軟骨組織(耳介,鼻,喉頭,気管支等)及び軟骨と共通する酸性ムコ多糖類をもつ組織(眼球,内耳等)が系統的に障害される慢性炎症性疾患である. 本邦では40~60歳代に好発し,性差はない.病因不明だが膠原病や血管炎の合併率が高く,自己免疫性疾患の一種である可能性が高いことが考えられている.予後は5年生存率74%,10年生存率55%であり死因の多くは感染症や気道病変による呼吸不全とされている.RPの気道病変合併は40~50%にみられ,治療にしばしば難渋するが,近年RP高度気道病変に対する陽圧換気や気道内ステントの有効性が報告されている.しかし本症例は呼吸不全急性増悪に対し,気管内ステント(以下ステント)留置するも人工呼吸器離脱困難であった.その様な症例に対し持続的陽圧換気の下,呼吸理学療法(以下呼吸リハ)を行い,運動耐容能改善,ADL拡大を得られたという報告は少ない.今回広範な気道病変により長期人工呼吸器管理を要するも呼吸リハによって在宅復帰可能となったRPの一例を経験したので報告する.【方法】 <症例>60歳男性.身長168cm.体重49kg.BMI29.1.妻と娘の三人暮らし.主訴:「トイレに行けない」.既往歴:潰瘍性大腸炎,炎症性腸疾患関連関節症.慢性関節リウマチ.肥厚性硬膜炎,脳出血.合併症:左片麻痺,高血圧症,高脂血症,心房細動,発作性上室性頻脈(以下PSVT).病前ADLは短下肢装具装着にて屋内伝い歩き自立.今回咽頭痛・呼吸困難増強,呼吸不全のためRP急性増悪と診断され緊急入院.第14病日より呼吸リハ介入した.【倫理的配慮、説明と同意】 研究の目的,方法協力者が不利益を受けないこと,データ管理,公表方法を本人に説明し,同意を得た.【結果】 <経過>下血による血圧低下,PSVT持続する場合を除き自覚症状に合わせて離床を進めた. [初期評価<第14病日>]:LTV(FiO20.30 PEEP15 cmH2O PS8)装着下で離床開始.意識清明.非麻痺側筋力MMT3.麻痺側Brunnstrom stage III.ROM制限なし.安静時心拍数(以下HR)107,SpO299%,呼吸数(以下RR)21回. 起き上がり動作中等度介助,座位保持近位監視,起立動作中等度介助レベル.立位訓練時HR120,SpO294 %,RR36回となり呼吸苦出現. 喀痰困難.労作時呼吸困難に対し,呼気に合わせた動作指導,座位での呼吸介助,体位ドレナージ行うこととした.第18病日:車椅子移乗開始.FiO20.25に変更.第22病日:歩行訓練開始.3mでRR40回,SpO288%へ下降.第25病日:FiO20.21に変更.第38病日:VIVO(CPAP PEEP15cmH2O)へ変更.第59病日:気管内ステント挿入術施行.第63病日:CPAP PEEP8cmH2Oに変更.第108病日:ステント抜去・喉頭気管分離術施行.第112病日:trilogyへ変更(設定S/TモードI/E=21/15).[最終評価<第151病日>]:非麻痺側筋力MMT5.安静時HR85,SpO299%,RR18回,歩行時HR108,SpO298 %,RR27回.起き上がり,座位保持,起立動作自立,移乗・歩行近位監視レベル.歩行距離(手すり10m×4set,多点杖7m×2set).第154病日退院.【考察】 本症例は喉頭及び主気管支からステント留置が不可能な末梢気道に至るまで軟骨破壊・肥厚が進行することで呼吸不全増悪し,長期人工呼吸器管理とそれに伴う廃用症候群が予測された.灰田らは2週間の長期臥床により筋活動量は起立している時に比べ約1/10に減少し,早期に筋委縮を生じると報告している.本症例は喉頭蓋破壊による誤嚥リスクが高く,左片麻痺合併しており容易にADL低下すると思われ,早期離床を進め廃用症候群の予防・改善する必要があった.しかし長期臥床及びステロイド長期投与による下血や運動後のPSVT出現が離床を妨げていた. また肺換気量減少,痰貯留増加しており排痰を促す必要があったが,広範囲なRP気道病変により炭酸ガス呼出障害や咳嗽困難を起こすことで気道トラブル頻発し,労作時呼吸困難も生じていた.そこで呼吸介助や呼吸法指導によって労作時呼吸困難感軽減しつつ,運動療法により運動耐容能改善し, 運動に伴う換気亢進や体位ドレナージで排痰を促した結果,ADL拡大したと考えられる.更に喀痰困難や多点杖でのトイレ歩行に介助要するも,呼吸リハ介入だけでなく吸引器設置,訪問リハ,家族のサポート等の社会的援助によって在宅復帰可能となったと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 RP気道病変に対する薬物治療・ステント留置の有効性は先行文献で示されているが,本症例の様に広範囲な気道病変から長期人工呼吸器管理要したRP患者に対し呼吸リハ介入後の効果を検討した報告は少ない.しかし誤嚥リスクが高く喀痰困難だが左片麻痺,PSVTを合併した本症例に対して廃用症候群を予防し,運動耐容能改善,ADL拡大し在宅復帰に成功した.これは今後のRP患者の呼吸リハの安全性,有効性を検討し症例数を増やす上で有用と考えられる.