抄録
【はじめに、目的】 パーキンソン病(PD)の死因の最多は肺炎である。PDの呼吸機能については、拘束性換気障害に関する報告は多いが、喀痰の喀出に重要である咳嗽能力についての報告は少なく、そのリハビリテーション(リハ)方法についても統一されたものはない。また、日常の診療においても、ハフィングや咳嗽を口頭で促し、徒手的に介助をするのみでは、十分に咳嗽能力が改善しない症例を多く経験する。そこで、肺容量の増加や吸気筋能力の改善を目的として行われるインセンティブスパイロメトリ(IS)が、PDの咳嗽能力の改善につながるか検討を行った。【方法】 入院中のPD患者を対象とし、対照(59人):通常リハのみ、IS群(19人):通常リハとIS、IS前休群(19人):通常リハのみの期間後にISを追加、IS後休群(11人):通常リハとISの期間後に通常リハのみを実施の4群に分けた。ISはCoach2を用い、1日1~2セット、各10回を目安として任意の回数と容量を実施した。評価は前評価、後評価と、休前評価(IS前休群)、休後評価(IS後休群)の2または3回で、各評価の間隔は概ね2週間とした。評価項目は、1.Cough Peak Flow(CPF)、2.スパイロメトリ、3.口腔内圧、4.10m歩行試験、5.6分間歩行試験、6.Unified Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)、7.Functionl Independence Measure(FIM)、8.Mini-Mental State Examination(MMSE)、9.Frontal Assessment Battery(FAB)とした。1~3の測定姿勢は全足底接地が可能な座位とし、1~6は同一験者が行った。また、ON-OFFが著明な者においてはOFFを避け、2回目以降の測定は初回と同一時刻に行った。各項目の結果は、SPSS ver.11.5を用い、CPFがShapiro‐Wilk検定により正規分布に従わないことを確認し、対照群とIS群はWilcoxonの符号付順位検定を、IS前休群とIS後休群はFriedman検定を行い、有意水準は5%未満とした。なお、検定は匿名化した上で行い、情報の漏洩防止に努めた。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者へは、ヘルシンキ宣言に則り院内の倫理規定に基づいて紙面を作製し、趣旨、内容、結果の取り扱い等について説明し署名にて同意を得た。【結果】 各群の属性は、対照群/IS群/IS前休群/IS後休群の順に、Hoehn&Yahr stage(stage)III以下[%]:67.8/73.7/47.4/45.5であり、平均値は、年齢[歳]:74.3/71.0/74.0/75.2、罹病年数[年]:7.0/5.1/8.5/6.0、FIM:93.4/99.5/92.4/87.1、MMSE:24.5/25.8/26.0/24.6、FAB:11.8/12.9/12.6/11.6であった。また、各評価の間隔の平均日数は対照群15.1/IS群16.3/IS前休15.8・IS実施13.6/IS実施15.6・IS後休14.8であった。CPF[L/分]の中央値は、対照群:前評価240・後評価230(p=0.159)/IS群:前評価300・後評価340(p=0.000)/IS前休群:休前評価230・前評価240・後評価310(p=0.000)/IS後休群:前評価150・後評価270・休後評価240(p=0.000)と、ISを実施した群で有意な改善を認めた。その他の項目では、UPDRSと10m歩行、6分間歩行試験は4群全てで有意な改善を示したが、スパイロメトリと口腔内圧では有意な改善は示さなかった。【考察】 評価項目4~6の改善は4群全てにおいて認め、通常のリハ効果が示されたと考える。また、ISを実施しても肺活量などの呼吸機能に有意な改善が得られなかったことは、推奨されている頻度や回数を実施していないためと考える。しかし今回、一般的な回数より少ないISの実施で、肺活量や一秒量、口腔内圧の改善が図られなかったにも関わらずCPFの有意な改善が得られたことは、PDの咳嗽能力の向上には、吸気容量や呼吸筋力に加えて、協調的に呼吸補助筋を収縮させるトレーニングが必要であり、ISのインジケータという視覚的な外部刺激により、最大吸気とその後の保持が可能となり、呼気筋群の協調的な収縮へ速やかに移行できたためと考える。【理学療法学研究としての意義】 外部刺激は、PDの歩行障害等のリハにおいて有効とされているが、今回、随意的な咳嗽能力の向上を目的とした呼吸機能のリハにおいても、視覚刺激の有効性が示唆されたと考える。