抄録
【はじめに、目的】 原因別死亡率で肺炎は4位であり、高齢者肺炎では誤嚥性によるものが多い。理学療法士は誤嚥防止のために摂食時の姿勢保持や発症後の呼吸訓練、廃用予防に介入しているが、姿勢保持では耐久性と安楽肢位の選択という側面が強く、誤嚥性肺炎リスクにつながる口腔機能の視点は乏しい。呼吸においても肺機能の介入が中心であり嚥下に影響を与える呼吸パタンについての検討・介入は少ない。今回、理学療法士の視点から嚥下運動時に重要な舌の動きと姿勢や呼吸との関連性を明らかにする事を目的とする。【方法】 健康で呼吸機能、摂食嚥下機能に問題のない男女11名(23.55±6.34歳)を対象とした。測定姿位は臨床的に利用される可能性の高い座位、ファーラー、前もたれ位の3姿勢とし、呼吸条件は通常行っている鼻呼吸と高齢者や摂食・嚥下機能障害患者に多いとされる口呼吸の2種の呼吸パタンとした。3姿勢についてそれぞれ2呼吸パタンの条件下で指示嚥下を行い、超音波診断装置MyLab24(以下US)を用いて嚥下時における嚥下直前の下顎から舌の位置(cm)、嚥下時の舌の上昇距離(cm)、舌が硬口蓋に触れて留まっている時間=嚥下時間(msec)の3項目を測定した。嚥下は、検者が注入したジェル状の食物(アクアジュレパウチ:フードケア製)を口腔内に保持し、指示嚥下で行った。USではコンベックスプローブにて下顎の1第臼歯を結ぶ線上から3.5MHzで走査し、M-modeにて画像記録・測定を行った。測定は各10回の嚥下を行い、平均値をそれぞれローデータとした。統計処理はWilcoxon検定、Friedman検定とScheffeの多重比較を用いて11名の中央値を比較した。2因子の相関はSpearmanの順位相関を用い、有意水準5%で検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に則り、研究の趣旨、リスクなどの説明を口頭・紙面の両方で行い、倫理審査委員会にて承認を受けたうえで研究を実施した。【結果】 検者内の信頼性を示す級内相関ICCが0.668~0.968であった。測定姿勢ごとの呼吸パタンによる2群比較では、嚥下時間にのみ差がみられ、中央値(最小値~最大値)で示すと、ファーラーでは鼻呼吸582.00msec (461.00~766.50)・口呼吸664.50msec(496.00~3725.00)、前もたれでは、鼻呼吸779.00msec(502.50~830.00)、口呼吸849.0msec(566.00~1024.00)で、どちらの姿勢でも口呼吸時の嚥下時間延長を認めた(p<0.05)。呼吸パタンごとの姿勢による3群比較では、呼吸パタンに関わらず舌の位置はファーラーで座位より低位置にあり(鼻呼吸p=0.022 ,口呼吸p=0.003)、嚥下時間はファーラーで座位よりも短縮していた(鼻呼吸p=0.001,口呼吸p=0.003)。舌の移動距離は口呼吸でのみファーラーで前もたれよりも低値を示した(p=0.018)。姿勢間の相関では、呼吸パタンに関係なく舌の位置では座位とファーラーで(鼻呼吸r=0.900 口呼吸r=0.877)、座位と前もたれ(鼻呼吸 r=0.645 口呼吸r=0.805)で相関を認め(p<0.01、p<0.05)、口呼吸ではファーラーと前もたれで相関を認めた(r=0.662 p<0.05)。舌の測定値間の相関では、座位の鼻呼吸にのみ舌の移動距離と嚥下時間に相関を認めたが(r=0.653)、それ以外には相関が見られなかった。(p<0.05)【考察】 全ての姿勢や呼吸条件での測定項目の検査者内信頼性は良好と判断でき、本研究での測定データの信頼性は得られていると判断できる。健常人での呼吸パタンの違いは舌の移動位置、可動範囲には影響を与えず嚥下時間に大きな影響を与えた。鼻閉により口腔内圧が高まり耳管解放困難となり、舌が口蓋に吸着される事で嚥下性無呼吸が延長すると考えられる。舌の移動距離は姿勢によって影響を受けることはないが、嚥下前の舌位置の低下に口呼吸の要素が加わる事で舌の可動範囲に影響を受ける可能性が示唆されるため、患者の姿勢と呼吸の両方の評価が必要である。嚥下推奨肢位であるファーラー肢位は舌の位置が有意に低値を示し、嚥下に掛かる時間は他の肢位に比較して有意に短い。しかし、舌位置は低値であるにも関わらず、舌の移動距離は他の肢位と数値に差が無く、舌が口蓋に接床せず口腔内圧を十分高めない状態で嚥下反射が惹起されることを示唆している。これは、随意的な嚥下のタイミングを作り出すことが困難な可能性が高い。嚥下は学習と言われており、私たちが通常食事を行うような座位姿勢―鼻呼吸パタンは測定値間の相関を認めた通り、安定した舌の可動と嚥下時間を作りだす。姿勢選択と鼻呼吸の獲得は嚥下にとって非常に重要であると言える。【理学療法学研究としての意義】 嚥下推奨肢位のファーラー肢位は呼吸パタンとの関連からみると万能ではなく、理学療法士の十分な呼吸、姿勢の評価が必要である。誤嚥性肺炎リスクを軽減させるため鼻呼吸パタン獲得は重要であり、誤嚥性肺炎の予防的呼吸理学療法介入の検討に繋がる点で意義深いと言える。