抄録
【はじめに、目的】 近年,理学療法の分野では,健康増進・疾病予防が注目され,様々な世代に対するアプローチが期待されている.中でも,生活習慣病の発症予防は重要であり,幼少期の運動・食事習慣は重要とされる.しかし,子どもの骨折率は過去10年間で約1.5倍に増加し,小中学生の約10%に肥満傾向を認める.先行研究では,肥満と骨強度の関係について様々な報告がされているが,その結果は一致していない.また両者の関係に運動習慣が関係していることが示唆されているが,それを実証した報告は我々の知る限りない.本調査では,子どもの骨密度と体脂肪の関係,及び運動習慣の関与について検討し若干の知見を得たので報告する.【方法】 対象は,事前に書面で同意を得た岡山県内の某幼稚園・小学校の子ども115名(平均6.77歳±1.33,男56名,女59名)であった.測定項目は,体重・体脂肪率・骨密度・歩数・アンケートとした.骨密度の測定にはCM-200(古野電気株式会社)を,体脂肪の測定にはINNER Scan 50V(TANITA)を用いた.CM-200は,超音波パルス透過法による踵骨の超音波伝播速度(m/sec)で骨密度を測定する超小型設計の測定装置である.INNER Scan50Vは,細胞内液と外液のバランスを測定することにより安定した測定が可能な体組成計である.さらに,希望した子ども39名(平均5.8歳±1.3,男23名,女16名)に対してLife corderGS(株式会社スズケン)を配布し土曜日と日曜日の両日(以下,週末)の平均歩数を計測した.また,同意を得た子どもの保護者に対してはアンケート調査を実施し生活習慣の調査を行った.アンケートの項目は,食生活,テレビ・ビデオ(DVD)・テレビゲームの時間,子どもの心身状態,遊ぶ場所についてとした.統計処理には,階層的重回帰分析とSpearmanの相関分析,及びROC曲線分析を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究における測定は,全ての子どもの両親に対し,目的,実験手続,危険性について文書によって十分な説明を行い,同意書を得た後に実施した.【結果】 骨密度,体脂肪率,週末歩数の平均±標準偏差は,それぞれ1517.3±21.3m/sec,16.2±6.3%,11994.9±4157.6歩/日であった.骨密度と体脂肪率には有意な負の相関が認められ(R=-0.202,p=0.016),標準以下の骨密度を予測する判別能が最も高い体脂肪率のカットオフ値は18.5%であった.また骨密度と体脂肪の間に歩数を介在因子,性別を交絡因子として多変量モデルに投入した際,歩数は有意な変数(β=0.411,p=0.020)として抽出され,体脂肪はモデルから除外された.歩数に最も影響する生活習慣因子を探索したところ,遊ぶ場所が抽出された.その中でも特に,1)本屋やビデオ屋2)コンビニやスーパーなどの近所のお店3)ファーストフード店やファミリーレストラン4)デパートなどがある繁華街の4つの場所での遊びが,週末歩数と有意に関連し(R=0.396,p=0.014),いわゆる室内での遊びが歩数を減少させる結果となった.【考察】 本研究では,体脂肪率と骨密度との間に有意な負の関係が認められ,体脂肪率が増加すると骨密度が低下するという結果が得られた.また,この両者の関係には週末歩数が介在しており,体脂肪率の高い子どもは週末活動量が少なく,骨密度が低いという特徴を示唆した.この要因として,ファーストフード店などで頻繁に食事を摂る子どもは体脂肪が増加し,その結果として活動が室内中心となるため外遊びが減り,骨密度が減少することが考えられた.Coleら(2011)は体脂肪率が増加し骨密度が減少することによって,骨折の頻度を増加させると示唆している.さらに,Dimitriら(2010)は骨折によって活動量は減少し,その結果体脂肪率が増加することを報告している.これらから,子どもの食生活や運動習慣は身体構造に影響し,その結果,生活習慣にも影響を与えることで負のサイクルを生み出しているのではないかと考える.【理学療法学研究としての意義】 医学の進歩により感染症から生活習慣病へ疾病構造が変化してきた中,これからの医療では疾病・障害予防や健康増進がより重視されていくと言われている.また子どもの肥満や痩せ,骨折率は,今後ますます増加していくことが予想されるため,理学療法士による子どものための生活指導や運動処方は,今後一定の必要性を持つ可能性がある.本研究の意義は,子どもにおける運動器の健康に関与する介入可能因子を同定し,将来介入研究を実施するための科学的根拠を提示している点にあると考える.