抄録
【目的】 高齢者,とくに65歳以降では,自然歩行の速度が急速に低下するといわれており,高齢者の歩行には,重複歩長が短くなる,歩隔が広がる,二重支持期が延長するなどいくつかの特徴がある.特に足関節の運動においては底屈域の減少や爪先離地時における蹴り出し力の減少があげられる.しかしながら,高齢の転倒者と非転倒者において歩行速度と下肢筋力との関連を調査したものは多くない.今回,実際の転倒発生の有無と歩行速度(Timed Up and Go test:TUG)とバランスおよび下肢筋力の関連を調査し検討した.【方法】 名古屋市と近郊在住の地域在住高齢者を対象にFall Risk Index (FRI) を実施し,「転倒リスクあり」と判定された56名(男性25名,女性31名,年齢80.09±5.25歳)を対象にTUGならびに重心動揺計によるバランス測定と下肢筋力(股関節屈曲,膝関節伸展,足関節底背屈)測定を実施した.6ヵ月後の追跡調査において半年間の転倒発生の有無を尋ね,再度同様の調査ならびに測定を実施し,TUG,重心動揺,下肢筋力との関連を検討した.「過去1年間に転倒歴があり,6ヶ月間の追跡調査期間中にも転倒した者」を頻回転倒者(n=27)とし,「過去1年間に転倒歴がなく,6ヵ月間の追跡調査期間中にも転倒しなかった者」を非転倒者(n=29)とした.【説明と同意】 調査と測定にあたり,結果について発表することがあり得る事を対象者に口頭と書面で説明し,書面による同意を得た.【結果】 Mann-WhitneyのU検定ではTUG以外に有意差は認められなかった(p<0.05).非転倒者の足関節底屈筋力とTUGの間には負の相関が認められ(p<0.05), 非転倒者の前後方向の動揺平均中心偏位と股関節屈曲筋力との間には負の相関(p<0.05)を,膝関節伸展筋力との間には正の相関(p<0.01)を認めた.【考察】 高齢な非転倒者のTUG速度の速さは,爪先離地時における蹴り出しの力源となる足関節底屈筋力により規定されるが,そのような傾向は頻回転倒者にはみられなかった.また非転倒者が“転倒しない理由”のひとつとして,hip strategyにより股関節屈曲筋力と膝関節伸展筋力を利用することで効果的な立位保持ができるためと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 高齢者の転倒は外傷や骨折による機能予後への影響,医療経済的観点からも重要な老年症候群のひとつである.したがって今回の結果は,転倒予防を考慮する際の有効な材料になると考える.