抄録
【はじめに】 転倒恐怖感は、運動・精神機能などの要因と関連している。しかし、運動・精神機能は転倒恐怖感に直接影響を与えず、これらの改善は転倒恐怖感を軽減させるものではない。転倒恐怖感は、転倒自己効力感を仲介して様々な要因と相互に作用している。転倒恐怖感を軽減させるためには、動作を行う自信を形成し、転倒自己効力感を高める必要性が報告されている。転倒恐怖感の存在は、活動性、QOLの低下を招くことはよく知られているが、急性期、回復期病院においては、自宅退院を阻害する要因となることも報告されている。今回、自宅退院後の転倒自己効力感変化に注目し、自宅での日常生活活動の経験が自信形成に及ぼす影響を調査した。【方法】 対象は、大腿骨近位部骨折後、当院にて手術施行、クリニカルパス適応となった女性高齢者9名(80.7±4.6歳)とした。認知症の疑いがある人、受傷前歩行レベルが杖歩行で自立していなかった人は除外した。方法は、転倒自己効力感(Modified Falls Efficacy Scale:以下、MFES)、日常生活活動(Functional Independence Measure:以下、FIM)、バランス能力(Timed Up and Go test:以下、TUG)、10m歩行時間(以下、10m歩行)、患側膝伸展筋力(以下、患側筋力)、うつ症状(Geriatric Depression Scale:以下、GDS)、不安状態(State-trait Anxiety Inventory-Form JYZ:以下、STAI)を、手術後1週間目、4週間目、退院1カ月後の2カ月間にわたり評価した。統計解析は、各期間の転倒自己効力感と運動・精神機能について、反復測定による分散分析およびTukeyの多重比較を行い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、文書と口頭による研究内容を説明し、同意書に署名を得た。本調査研究は、当院倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 転倒自己効力感と運動・精神機能について入院中から退院後1ヶ月までの各期間で比較した。MFESは、1週間目から4週間目にかけて有意な点数の向上はなかったが、4週間目から退院1カ月後にかけて有意な点数の向上がみられた(61.1±49.9→103.1±35.7、p<0.01)。運動機能は、1週間目から4週間目にかけて有意な点数の向上がみられたが(FIM:109.3±5.3→123.8±1.5、TUG:41.0±20.4→17.0±4.6、10m歩行: 46.6±30.7→15.0±3.4、患側筋力:1.1±0.7→1.9±0.8、いずれもp<0.01)、4週間目から退院1ヶ月後にかけて有意差はみられなかった。GDS、状態不安には1週間目と4週間目、4週間目と退院1ヶ月後ともに有意差はみられなかった。【考察】 入院期間中は、運動機能が有意に機能向上したが、転倒自己効力感は向上しなかった。しかし、退院1カ月後には、逆の現象がみられ、自宅での生活を行うことで運動機能は向上しなかったが、転倒自己効力感は有意な向上を示した。運動機能が向上すれば転倒自己効力感も同様に向上するのではなく、実際の動作を行うことで自信形成ができるものと考えられた。つまり、転倒恐怖感を軽減させるには、入院中に一時帰宅する、模擬的な日常生活の反復練習を取り入れるなど、実際の動作を行えば自己効力感が高まるのではないかと考えられた。つまり、転倒恐怖感を軽減させることで円滑な退院へとつながることが示唆された。今回は、症例も少なく、対照群の設定をしていない。また、退院1カ月後の結果であるため、短期外出、模擬練習の効果の検証を今後の課題としたい。【理学療法学研究としての意義】 入院中の一時帰宅、模擬的な日常生活の反復練習は、転倒自己効力感を向上させる可能性がある。今後、症例対象試験や、外泊練習等の短期効果を明らかにしていくことで、自宅退院後の活動制限の予防や、入院期間の短縮が期待できる可能性が見出せた。