抄録
【はじめに】 超高齢社会を迎えたわが国にとって,高齢者の健康増進に対する取り組みは重要な課題である。日本整形外科学会では2007年に「ロコモティブシンドローム(locomotive syndrome;運動器症候群)、以下ロコモ」という概念を提唱し,運動器疾患の衰えに対する予防的な取り組みの必要性を提唱している。ロコモに対する有効な改善手段は運動であり、セルフトレーニングとしてのロコモーショントレーニング(以下、ロコトレ)が推奨されている。我々は、地域在住の高齢者に対して2種目のロコトレに踵上げを加えた運動介入を行い、12ヶ月間の追跡調査を行ったので報告する。【方法】 対象はNPO法人高齢者運動器疾患研究所が主催するいきいき講演会に参加した地域在住高齢者であり、介入時、2ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後の4回の運動機能に参加した65名(平均年齢76.1±6.4歳)である。調査項目は、年齢、身長、体重、BMIに加えて、ロコモーションチェック(以下、ロコチェック)7項目、日本版変形性膝関節症患者機能評価表(以下、JKOM)のうちで痛みやこわばりに関する8項目、日本版慢性腰痛症患者機能評価尺度(以下、JLEQ)のうち、痛みに関する7項目についてアンケート調査を行った。また、運動機能テストとして、開眼片脚立ち時間(左右)、Functional Reach Test(以下、FRT)、10m歩行時間(通常、最大)、Timed Up and Go Test(以下、TUG)、足趾把持力(左右)、膝伸展筋力を測定した。なお、足趾把持力の測定には村田らの方法をもとに、スメドレー式握力計を用いて自作した機器を用いて計測した。膝伸展筋力の測定にはミナト医科学社製COMBIT CB-2を用い、60度屈曲位における等尺性筋力を測定し、体重で補正した値を用いた。参加者に対して介入時にロコトレ(片足立ち、スクワット)に加えて、踵上げの運動について実技指導を行い、自宅におけるセルフトレーニングを促した。介入後2ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後の同様のアンケート、および運動機能評価を行い、トレーニングの有用性について調査を行った。統計処理については、PASW Statistic Ver.18を用い、いずれも危険率は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言を遵守し、対象者に対しては書面をもって説明し同意を得た上で行われた。【結果】 アンケートによるJKOM、JLEQは開始時に比べて減少傾向にあったが、12ヶ月後には上昇を認めた。運動機能面では片足立ちにおいて開始時と2ヶ月後において有意な改善を認めたが、2ヶ月後と12ヶ月後では有意な低下を認めた。FRTは開始時に比べて6ヶ月後、12ヶ月後に有意な改善を認めた。TUGでは開始時に比べて2ヶ月後、12ヶ月後に有意な改善を認めた。10m歩行時間(通常)では6ヶ月後に有意な延長が認められた。また、10m歩行時間(最速)では開始時に比べて2ヶ月後に有意な改善を認めたが、2ヶ月に比べて6ヶ月12ヶ月において有意な低下を認めた。足趾把持力は開始時に比べて2ヶ月、6ヶ月において有意な改善を認めた。膝伸展筋力では開始時に比べて12ヶ月後に有意な改善を認めた。【考察】 ROAD Studyによる運動器疾患の有病者数は4700万人を超えると報告され、我が国の要支援・要介護人口は約450万人であり、その5人に1人は運動器の障害が原因といわれている。また、平成21年度の国民医療費は36兆67億円、介護保険の費用額は約7.2兆円といわれ、今後さらに進む高齢化社会に対して、医療保険や介護保険の枠を超えた予防的な取り組みが必要といわれている。このような背景から、本研究では講習会形式によるロコトレ指導を行い、12ヶ月間にわたる追跡調査を行った。その結果、運動機能や痛みスコアにおいて、開始時から2ヶ月後はトレーニング効果を認めるものの、その後は明らかな改善が持続できない結果であった。したがって講習会形式による介入では、短期的な介入効果は認めるものの、長期的な介入効果を求めるためには、定期的なフォローやブラッシュアップが必要性であることが明らかとなった。本研究の結果、地域在住高齢者にする運動器の低下を予防する方向性が示唆されたと考える。【理学療法学研究としての意義】 理学療法分野において予防医学的な取り組みに関する研究は少ない。本研究により、我が国の高齢化社会に対して、理学療法士の関わるべき方向性が示唆されたと考える。