抄録
【はじめに、目的】 高齢者の生活空間の狭小化はアルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD)の発症リスクを増大させる要因のひとつとされている。高齢者の生活空間の狭小化を防ぐために理学療法の果たす役割は大きい。また、近年では運動介入による脳活動の活性化の効果も期待されている。非侵襲的に脳血流動態を調べる手法としては、近赤外分光法(near-infrared spectroscopy: NIRS)が用いられている。NIRSによる先行研究では、AD患者の文字流暢性課題(verbal fluency task: VFT)遂行中の脳血流は健常高齢者に比べて低下しており、とくに背側前頭前野皮質の活性低下が顕著であると報告されている。予防的な視点からは、脳活動を活性にしておくためにも積極的な外出行動が重要となるかもしれない。しかし、外出頻度と脳活動の関連は十分に明らかとなっていない。本研究では、地域在住高齢者を対象にVFT遂行中の脳血流動態と日常生活での外出頻度との関連を調べることを目的とした。本研究の意義は、積極的な外出行動が心身機能の向上のみならず、脳活動の活性化にも寄与する可能性を示すことにある。【方法】 日常生活の自立した地域在住高齢者20名(平均年齢76.1歳、男性10名)を対象とした。認知機能に影響のある脳血管疾患や神経疾患の既往者、認知症が疑われる者、AD治療薬の治験参加者を除外基準とし、これらの者は本研究に含まれなかった。対象者の全般的な認知機能はMini-Mental State Examination(MMSE)にて、外出頻度および生活空間はLife-Space Assessment(LSA)にて評価した。VFT中の脳活動状態は、16チャンネルのNIRS装置(Spectratech OEG-16)により前頭部の酸素化ヘモグロビン濃度(oxygenated hemoglobin: oxy-Hb)を測定した。VFTでは、指定された語で始まる単語を60秒間でなるべく多く言語表出した。安静座位10秒(pre-rest)の後に60秒のVFTを実施し、安静座位70秒(60秒の回復区間と10秒のpost-rest)で1ブロックとした。ブロックごとにVFTで用いる語は「い」、「れ」、「し」の順で計3ブロック実施した。NIRSデータは、ブロックごとにpre-restとpost-restの値を用いて移動平均処理とベースライン補正を行った後、VFT前の安静10秒およびVFT中の60秒それぞれの加算平均値を算出した。本研究では、右前頭領域ch1-4および左前頭領域ch13-16の計8チャンネルのデータを分析した。VFT中の脳血流動態と外出頻度の関係を調べるために、LSAの生活空間レベル4「この4週間、近隣よりも離れた場所(ただし町内)に外出しましたか」の質問に対して、毎日と回答した群(Daily群)とそれ以外(週6回以下)と回答した群(Non-daily群)に分類して分析を行った。統計解析では、対応のないt検定およびχ2検定を用いて各変数の群間差を比較し、群による安静時とVFT中のoxy-Hb変化の差異を調べるために、群を要因として年齢と性別を共変量とした共分散分析(ANCOVA)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に沿って計画され、国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し、同意を得た。【結果】 Daily群(n=7)とNon-daily群(n=13)で年齢、性別、MMSEに有意差は認められなかった。安静時とVFT中のoxy-Hb変化を⊿oxy-Hbとして群間で比較すると、左前頭領域の⊿oxy-HbはDaily群0.064±0.058mM-mm、Non-daily群0.020±0.028mM-mmであり、Daily群で有意に高い値を示した(p=0.04)。同様に右前頭領域においてもDaily群が有意に高い⊿oxy-Hb値であった(p=0.03)。ANCOVAの結果、左前頭領域における安静時とVFT中のoxy-Hbの変化について有意な主効果を認め(F=6.37、p=0.02)、群を要因とした交互作用も有意であった(F=4.76、p=0.04)。同様に右前頭領域においても主効果および交互作用ともに有意であった(p<0.05)。【考察】 町内への外出を毎日実行している者では、それ以下の頻度の者に比べてVFT遂行中の前頭前野における脳活動の活性化が高い可能性が示唆された。この結果は、高頻度で積極的な外出行動が認知課題中の脳活動に良好な影響を与え得ることが期待できるものと考えられた。しかし、本研究はVFTに限定された脳血流動態を観察した結果であるため、他領域の認知課題中における脳活動の違いについては不明である。そのため、種々の認知領域における脳活動の比較やより明確な関連性を明示するためには縦断研究による検証が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は、脳活動の活性化を促進する側面からも積極的な外出行動の重要性を示す有益な情報を提供するものと考えられ、とくに地域での介護予防に関わる理学療法研究の発展に意義のある示唆を含むと考える。