抄録
【はじめに、目的】 ビタミンDの欠乏は高齢者に多く認められ、骨粗鬆症や骨折、下肢運動機能障害など要介護状態の原因となる病態と関連することが知られている。また近年では高齢者の転倒に関連する要因として、ビタミンDが注目されている。ビタミンDは紫外線を受けて皮膚で合成される他、食品から摂取され、腎臓で活性型ビタミンDに変換されるが、食物摂取によるビタミンD量と運動機能の関連性の報告は少ない。そこで本研究では、1週間の食事から摂取したビタミンD量と運動機能を調査し、両者の関係性を検討することを目的とした。これまでの食事調査の先行研究では、過去1週間の食生活をさかのぼって回顧的に調査しているものが多く、リコールバイアス等の問題点が指摘されていた。本研究では、このような問題をクリアするために、「何を、どのくらい、いつ食べたのか?」を前向きに1週間記録する方法を用いた。【方法】 対象者は地域在住一般高齢者54名(平均年齢71.9±7.5歳、女性38名)とした。本研究では、各栄養素の摂取量算出に四国大学が開発したFFQgを用いた。FFQgとは食品群別に分けられた29の食品グループと、10種類の調理方法から構成された簡単な質問により、日常の食事内容を評価する食物摂取頻度調査であり、1週間を単位として食物摂取量と摂取頻度から栄養素の摂取量を算出する。なお1週間の食事内容及びその量は、対象者にそれらを記載するように義務付けた日記により調査した。その他の測定項目として、5 chair stand(5CS)、下腿周径を測定した。統計解析は、筋力指標(5CS)、下腿周径とビタミンD摂取量との関連性を検討するために、Pearsonの積率相関係数を算出した。また交絡因子の影響を除去するために、目的変数に5CSまたは下腿周径を、説明変数にビタミンD摂取量を、そして調整変数として年齢、性別、BMI、総エネルギー摂取量を投入した重回帰分析を行った。いずれの解析も5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は京都大学医の倫理委員会の承認を受けて実施した。対象者には十分な説明を行い、同意を得た。【結果】 総エネルギー摂取量は1634.1±366.3kcal、ビタミンD摂取量は7.0±2.7μg、5CSは7.3±2.4秒、下腿周径は33.7±3.3cmであった。Pearsonの相関の結果、ビタミンD摂取量は5CS(r=-442, p < 0.01)、総エネルギー摂取量(r=-600, p < 0.01)と有意な相関関係を認めた。下腿周径との相関関係は認められなかった(r=-0.002, p=0.98)。5CSを従属変数に投入した重回帰分析の結果、年齢、性別、BMI、総エネルギー摂取量で補正してもなお、ビタミンD摂取量(β=-0.37、p < 0.05)は有意な関連要因として抽出された(R2=0.32、p < 0.05)。さらに、下腿周径を従属変数に投入した結果でも、ビタミンD摂取量(β=-0.28、p < 0.05)は有意な関連要因として抽出された(R2=0.32、p < 0.05)。【考察】 血液検査による血清ビタミンD濃度と運動機能や転倒との関連性はこれまでにも報告例が散見されるが、食物摂取によるビタミンD量と運動機能の関連性はほとんど報告されていない。本研究において、食物摂取によるビタミンD量と運動機能(5CS、下腿周径)との関連性を、年齢、性別、BMI、総エネルギー摂取量で統計補正してもなお明確にできたことは貴重であると考える。また、5CSは下肢筋力の指標として用いられており、移動能、転倒との関連も深い。1週間の食事内容を記載するという簡便な手法はビタミンDの摂取状況を非侵襲的に把握できることから、今後の高齢者の運動機能向上あるいは維持目的の栄養介入を行ううえで有用な手法に成りえると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 理学療法分野において、栄養はマイナーな分野である。しかしながら、リハビリテーションの対象となる高齢者には栄養障害を認めることが少なくなく、リハビリテーションと栄養管理を併用することで、ADLやQOLのさらなる向上が期待できる。また、介護予防の分野では運動、口腔、そして栄養の3つが中心となっており、理学療法分野でも無視することのできない領域である。最近では、地域在住高齢者を対象とした栄養ケアのチームに理学療法士が含まれることも多く、特にビタミンDなどのように運動器との関連が強い栄養素に関しては、運動の専門家である理学療法士が有しておくべき情報と考えている。本研究は横断研究ではあるが、ビタミンD摂取量と下肢筋力の指標である5CSや下腿周径との関連性を示せたことは意義深く、今後はコホート調査や栄養と運動の両者を考慮した介入による介護予防効果などを検証したい。