抄録
【はじめに、目的】 理学療法士養成校卒業後の職域は医療の現場はもちろん、地域福祉、そして健康促進、介護予防と大きく広がっている。本学院では教育・研究・地域貢献の目標を掲げ、地域リハビリテーション学、地域理学療法学の一環として平成20年度より学院が位置する小学校区の自治会、老人会と協力して「転倒予防教室」(以下教室)を開催している。その活動内容を分析する中で、身体機能検査の結果には有意な差がみられないが、参加者と学生双方の精神的な満足度は非常に高いものを感じた。特に学生からは4年次の長期臨床実習で大変役に立ったという声を多く聞いた。そこで今回、平成22年度の内容を検討し、長期臨床実習を終えた学生にアンケート調査を実施したところ、興味深い結果を得たのでここに報告する。【方法】 教室は前期8回(週1回)、後期8回(週1回)開催した。参加学生は本学院の平成22年度理学療法学科昼間部3年生38名(男性23名女性15名、平均年齢22.5±3.15歳)である。教室参加者は地域の自治会、老人会を通して募集した地域住民38名(男性10名女性28名、平均年齢72.25±6.4歳)である。前期は教員主導にて健康に関する講話、筋力強化を主体とする転倒予防体操を行った。学生はバイタルチェック、体操の介助など補助的な役割をはたす。後期は学生主導による講話、レッドコードを使用した体幹筋強化を中心とした体操を行った。学生は6,7名のグループで講話を担当し、体操の個別指導等も行う。また、レッドコードの機材数の関係から待ち時間が生じるため、その間は同意を得られた参加者に対して関節可動域や筋力測定の練習にご協力いただいた。参加者に対しては各期1回目と8回目に身体機能検査(5m歩行による歩行能力評価、Time up &goテスト、Functional Reachテスト、外乱負荷テスト、片脚立ちテスト、握力等)を行い、参加者にフィードバックを行った。学生に対して、3年次に教室に参加したことが4年次の長期臨床実習に役立ったかということを中心としたアンケート調査を行った。アンケート項目は事前調査を行い自由記載の中から多かった意見を参考に設定した。【倫理的配慮、説明と同意】 参加者にはこの教室の目的と学生の学習過程を説明し、教育的側面からも協力をお願いし、同意を得ている。参加に関してはレクレーション保険の加入を義務づけている。【結果】 すべての学生が4年次の実習に大変役に立った、役に立ったと答えている。役に立った内容としては最も多かったのは高齢者とのコミュニケーションをとることができた(36%)、次に基本的な評価の練習ができた、転倒予防に関する評価の練習ができた(ともに19%)、続いてバイタルチェックの練習ができた(13%)、地域リハビリテーションに対する興味、理解が深まった(6%)転倒予防体操の具体的な方法について興味、理解が深まった(6%)などの項目が挙げられた。【考察】 学生のほとんどは高校卒業後社会経験のないまま入学し、学内で得た机上の知識のみをもって実習に臨む。最近、長期実習でつまずく学生の問題点を整理すると、コミュニケーション能力の低さ、社会的常識の低さによるトラブルが目立つ。教室開催における教育的目的の一つとして、実習でコミュニケーション障害のある対象者に突然接して戸惑わないために、比較的積極的な地域の高齢者と接する機会を持ち、社会的な経験を積むということも掲げている。今回のアンケート結果をみると、多くの学生が教室において異なる年齢層の参加者とコミュニケーションをとる機会を得たことを挙げており、一定の効果を得ることができたと考えられる。また、バイタルチェックや基本的な検査、転倒予防に関する検査を実際に参加者に対して行ったことが役立ったと答えた学生も多かった。学内では検査や運動指導も学生同士で行うことが多く、お互い内容を理解しており、実際に実習で対象者にうまく説明できない場面も多く見受けられる。教室参加者に対して、様々な検査を行う際に、平易な言葉で説明する機会を得たことがよい経験となったことが考えられる。教室参加者は地域の自立した高齢者であり、協力的であることが実習前の学生たちにとっても接しやすく、臨床実習前の学生への学習の動機づけや社会性の向上のためにも非常に有効であると考える。【理学療法学研究としての意義】 教室開催は、学内教育における社会性の獲得や経験値の向上を地域住民の協力を得て行う教育的側面、地域住民の健康増進に貢献する側面、その効果を図る研究的側面など様々な意義を有している。社会適応性をもった学生を育てるために、学内のみならず地域住民の協力も得ていくことは今後必要となると考える。今回の結果を踏まえ、継続的に開催し、その効果を検証していく予定である。