抄録
【目的】 当院リハビリテーション部では、事故防止対策の取り組みの一環として、実際に事故に至らなかった事例や少しでも事故に繋がる可能性のある事例についても、積極的にインシデント報告書を提出することで、アクシデントを減少させるよう努めている。しかし、アクシデントが無くなる事はなく、新たな取り組みとして、アクシデント発生防止と職員教育を目的に、平成21年6月より、月1回の頻度で事例検討会を開始した。事例検討会はワークショップ形式で行い、各グループには経験年数に偏りが生じないようセラピストを配置した。今回、インシデント・アクシデント報告書を分析することで、事例検討会の有用性、今後の課題について検討したので報告する。【方法】 平成21年6月より開始した事例検討会の前1年間[1]平成20年7月~平成21年6月、その後1年間[2]平成21年7月~平成22年6月にセラピストが提出した全ての報告書において、(1)件数を調査し、(2)どのような項目に効果があったのかを明確にするために内容別に全事例に占める割合を比較した。更に、(3)新人に対してはどの程度の効果があったのかを明確にするために経験年数によって比率を検討した。内容は「転倒・転落」、「擦過傷・表皮剥離」、「抑制帯忘れ・チューブ類自己抜去」、「治療時間の連絡間違い」、「自立度・安静度の間違い」、「接遇」、「発見・報告」、「その他」の8項目に分類した。経験年数は1~3年目、4年目以上の2群に分類した。全体のセラピスト数は、[1]29名(1~3年目7名、4年目以上22名)、[2]29名(1~3年目7名、4年目以上22名)であった。統計処理にはχ2検定を用い、データ数の少ないものに関してはFisherの直接確率計算法を用いた。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認及び個々のセラピストの同意を得ている。【結果】 (1)インシデント・アクシデント件数は[1]29件(内アクシデント8件)、[2]37件(内アクシデント9件)と増加傾向であった。(2)全事例に占める「転倒・転落」の割合は[1]66%、[2]27%と事例検討会開催前後で有意に減少した。(p<0.01)また、「発見・報告」の割合は[1]7%、[2]27%と有意に増加した。(p<0.05)その他の項目については有意差を認めなかった。更に、(3)有意差のあった項目に関しては、経験年数によって比率を検討したが有意差は認めず、経験年数に問わず「転倒・転落」は減少し、「発見・報告」は増加したことが分かった。【考察】 事例検討会はワークショップ形式をとっているため、個々の事例に対して要因・対策を具体的にイメージしやすく、実際に事故発生に遭遇しなくても、気づきや学習が得られやすい。そのため、それ自体が個人の経験値となり、これが危険予知トレーニングとなり、「転倒・転落」は有意に減少したと考えられる。また、経験年数に偏りが生じないようにグループ分けを行うため、様々な視点から検討・ディスカッションが行われる。そのため、経験年数に関係なく全てのセラピストにおいて効果を示したと考えられる。「発見・報告」の増加については、事例検討会を繰り返し実施することにより、インシデントに対する意識付けが日常的に向上した結果と考えられる。また「擦過傷・表皮剥離」、「抑制帯忘れ・チューブ類自己抜去」、「治療時間の連絡間違い」、「自立度・安静度の間違い」、「接遇」については、発生件数自体が少ないため、事例検討会に挙がる機会も少なくなる。そのため、セラピストへの継続的な啓発が行えず、このことがインシデント・アクシデント発生件数に変化がなかった要因の1つと考えられる。以上より、事例検討会は「転倒・転落」に対しての危険予知トレーニングとしては有用であり、様々な年代層を1グループとしてワークショップを行うことは、経験年数を問わず有効であると言える。しかし、検討の機会が少ない事例については、事例検討会のみの対策では不十分であると言える。今後、さらにセラピスト数の増加が予測される中、新人教育、職員への継続的教育の一環として、インシデント・アクシデントが発生した後の事例検討会のみではなく、様々な事柄を想定した対応や対策など、より具体的に提示するようなシステム作りが必要であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 医療安全対策に努めることは、医療人としての義務である。当院では、その対策の1つとして事例検討会を実施している。本研究にて、その効果を数値化し分析することで、その効果、また不十分な点を把握することができた。今後の教育体制の確立やシステム作りに役立てていきたい。