抄録
【はじめに、目的】 生涯学習振興法が平成2年に制定され、日本理学療法士協会でも平成5年に「新人教育プログラム教本」が作成された。国立病院機構各施設の診療は一般医療と政策医療に分かれており、政策医療分野では新卒1年目より筋ジストロフィー症や重度心身障害児・者やハンセン病患者を担当するので、新人理学療法士の到達すべき目標や習得している、あるいは習得していない治療技術を自覚することが難しい職場環境である。そこで当協会の新人教育プログラムを補完する人材管理ツールとして、国立病院機構九州ブロックでは平成18年より卒後教育にキャリアパスとポートフォリオを導入し、27施設共同でキャリアパス委員会を設置して卒後教育活動に取り組んできた。今回、卒後3年目と5年目までに達成すべき2つの行動目標を設定したキャリアパスを開発し、自己評価の妥当性を検討したので報告する。【方法】 対象は平成19年11月、平成23年3月に国立病院機構九州ブロックに在職した卒後5年目までの新人理学療法士とした。開発した医療技術・知識に関するキャリアパスは国際生活機能分類(ICF)に基づき、評価技術5分野23項目、プログラム立案1分野1項目、治療技術6分野34項目、実践技術を支える要素6分野17項目の75項目とした。各項目の行動目標は3年目までと5年目までにひとりで行えるレベルを具体的に明示し、例えば治療技術の中で心身機能に対する治療技術の理論的理解と根拠に基づいた基本技術を身につける分野において、呼吸理学療法という項目を設定した。この項目に対する3年目までの行動目標は「気道を清浄化し、安楽な呼吸法を指導しながら、呼吸介助手技が実施できる」と設定し、その後5年目までに「気道を清浄化し全身のコンディショニングを整え、安楽な呼吸法を習得後、上下肢の負荷運動ができる」という行動目標を再設定した。また、各行動目標に対する自己評価は、「大いに自信あり・概ね自信あり・半分くらいかなあ・自信ありません」の4段階で300満点とした。得られた卒後年数別の自己評価平均値の差の検定には、比較する2群の分散が等しくないと仮定したためウェルチの検定を用いて、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 キャリアパスを用いた卒後研修の趣旨を文書で提示して、キャリアパス記入データを学会で発表することに同意していただけた方から無記名で回収した。(平成23年回収率78.9%)【結果】 平成19年10名、平成23年14名による3年目までのキャリアパス自己評価の平均値と標準偏差は、平成19年は1年目186±50、2年目171±35、3年目184±33と平均値の変動を認めたが、平成23年1年目158±45、2年目193±6、3年目197±21と経年的に増加していた。また、平成19年12名、平成23年16名による4・5年目のキャリアパス自己評価の平均値と標準偏差は、平成19年は4年目190±41、5年目204±20、平成23年は4年目172±27、5年目167±27であり、5年目の両群の間には統計的有意差を認めた。【考察】 キャリアパスの普及により平成23年の卒後3年目まで自己評価が高くなったことは、キャリアパスの行動目標が新人理学療法士に対して生涯学習者としての前向きな行動変容を反映していたが、5年目では全ての対象者に対して理学療法の実践的な知識と技術を有するジェネラリストとして行動するとともに、自らの専門性を高める力を有するには至っていないことが明らかとなった。その要因としてキャリアパスの自己評価が低い行動目標の内訳では、在宅復帰に必要な生活関連動作の評価や、コミュニケーション・嚥下指導など他の専門職と協働する時に知識を生かして行動するには至っていないことが示唆された。【理学療法研究としての意義】 キャリアパスによる行動目標を提示して新人理学療法士が自らの能力を評価する意義は、指導者からの指導を待つのではなく、卒後教育が目指すアウトカムに対する前向きな生涯学習者としての人格を涵養させ、指導者と行動目標を共有することでプロフェッショナルとしての価値を評価することが可能となる点である。特に卒後教育において知識を生かす力“コンピテンシー”を科学的に評価することは、新人のジェネラリスト養成に有用であり早期退職を予防する。さらに新人理学療法士が実際に行なっているパフォーマンスをポートフォリオ評価により客観的価値を見いだすように導くことで、ジェネラリストからスペシャリスト養成へと卒後教育の質を高められるであろう。