抄録
【はじめに、目的】 呼吸困難感は呼吸不全患者の共通の呼吸器症状であり、不快に感ずる呼吸感覚である。特に急性増悪時には普段感じる呼吸困難感より強く生じることが多い。従って、過剰な呼吸困難感によって比較的強い筋力が要求される動作が制限され、結果として身体非活動へ繋がりやすい。しかし、急性増悪後8週間は新しい増悪のリスクが高く、身体非活動と急性増悪が関連することから、この時期に適切な身体活動量を管理することが重要とされる。この急性増悪による身体非活動は特にweight-bearing activityにおいて強くみられ、その対処が重要であるが、そのメカニズムも十分に解明されていない。先行研究において、急性増悪後の入院中には、様々な要因により大腿四頭筋の筋力が1日に最大1%低下することが報告され、マイクロアレイ解析においてはユビキチンプロテアソーム系のアップレギュレーションとミトコンドリア呼吸系のダウンレギュレーションを示すことが報告されている。従って、急性増悪時には骨格筋機能不全がさらに進行し、末梢レベルで筋力が発揮しづらい環境下に陥ることで身体非活動に繋がることが想定されている。一方、脳イメージング研究では、筋力を発揮する際に一次運動野、一次感覚野や補足運動野など上位脳機能の調節があり、呼吸困難感時にも補足運動野や島皮質、帯状回皮質など高次脳機能の関与がある。呼吸困難感に関連した脳部位が活性化された中で適切な筋出力のための中枢神経処理が同時に行えるかどうか疑問があるが、呼吸困難感存在下において最大筋力とその神経調節が十分に行えるかは未だ不明である。故に、呼吸困難感が最大筋力に及ぼす影響を明らかにすることを本研究の目的とする。【方法】 非喫煙若年健常者10名を公募した。8週間以内に呼吸器感染症に罹った者、常用薬を服用している者、呼吸循環器疾患の者は対象者から除外した。呼吸困難の誘発はbreath-holdingにより行い、breath-holding timeと修正ボルグスケールにて呼吸困難閾値と呼吸困難感を測定した。呼吸困難閾値はbreath-holding開始からはじめに呼吸困難感が発生するまでの時間と定義した。更に、呼吸困難感の耐久性の評価としてbreath-holding timeから呼吸困難閾値の時間を引きDyspnea Reserve Time (DRT)を算出した。最大筋力は握力の測定により評価した。プロトコールは1日目に問診とベースラインの最大筋力と呼吸困難閾値と呼吸困難感を評価し、 40と60、80%DRTを検索した。2日目に無作為に40と60、80%DRT時に最大筋力を測定し、ベースラインの最大筋力と比較検討した。統計解析はSPSS ver.17を使用し、反復測定一元配置分散分析を用いた。有意水準はp<0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づいて、倫理的配慮を行い実施した。全ての対象者に本研究の目的と内容を十分に説明し、書面で同意を得た。【結果】 最大筋力において、ベースラインと40、60、80%DRTの一元配置分散分析において統計学的有意差を認めた(p<0.05)。多重比較法を実施した結果、40と60、80%DRTにおける最大筋力はベースラインのものに比べて有意に低値を示した。一方、40と60、80%DRT時における最大筋力においては各条件間に統計学的有意差は認めなかった。【考察】 最大筋力はbreath-holding誘発性呼吸困難感によって強度非依存的に低下することが明らかになった。従って、最大筋出力調節において、呼吸困難感の強さには関係なく、存在の有無が重要な役割を果たすことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 急性増悪後の呼吸器疾患患者はしばしば労作時の呼吸困難感を訴え、weight-bearing activityが低下しやすい。急性増悪後のCOPD患者に見られるweight-bearing inactivityの要因として、末梢レベルの骨格筋機能不全による筋力の低下だけではなく、呼吸困難感の存在による最大筋出力調節不全が一因になっていることが示唆された。