抄録
【はじめに、目的】中央教育審議会答申によると、現在の若者はコミュニケーション能力など職業人としての基本的な能力の低下や職業意識・職業観の未熟さなど、「社会的・職業的自立」に向けて様々な課題が見受けられると報告されている。これは理学療法士養成にあたっても大きな課題として顕在化してきた。しかしながら、これまで本領域のヒューマンスキルの研究は乏しく、今後、理学療法士卒前教育として学内教育と就職の支援、また卒後教育における人事管理に用いる指標が必要であると考える。今回の研究では、雇用される能力としての「エンプロイアビリティ」に着目し、理学慮法士のジェネリックスキル向上を目的としたコンピテンシー診断モデルを作製したので報告する。【対象と方法】対象は8県18施設に所属している臨床経験5年以上の理学療法士150名である。対象者の年齢は35.1±7.3歳、臨床経験年数は11.6±6.8年である。 方法は文化放送キャリアパートナーズ社製コンピテンシー診断「SPROUT」WEB版を使用した。オリジナル質問項目として、年齢、臨床経験年数、勤務領域、県学会以上の学会発表、査読のある論文数、自己採点項目(知識・技術・接遇・ホスピタリティ・マネジメント力・自己管理能力)、自己採点項目のうち今後習得したい項目、自由記載項目について調査した。 コンピテンシー質問項目は66で、A・Bふたつの質問に対して4つの選択肢が設定されており、そのうち1つを選択するものである。ここで得られたデータを現在比較目標とされている企業採用動向調査データと変更し、理学療法士の目標値として改変する。さらにモデルの精度の検証と各変数間の関係性について検討した。統計処理は日本科学技術研修所製 JUSE-StatWorks/V4.0総合編を使用し、危険率p<0.05で解析した。【倫理的配慮、説明と同意】本診断は、本学倫理規定に則りヘルシンキ宣言を遵守し、個人情報の管理には十分配慮し実施した。また、対象者150名個々のIDとパスワードを設定し、個人が特定できないよう配慮した。【結果】これまで、「SPROUT」の結果出力の目標値は、企業採用動向調査の企業が求める能力であった。本研究で得られた150名のデータの合成値をこの目標値と変更した。その結果を比較すると、一般企業が求める人材像とは差異があり、また勤務領域別にその特性に差が見られる。 クラスター分析によりモデルの精度を検証した結果、デンドログラムは切断レベル3.824で5つのクラスターに設定された。クラスター1はきちんとやる力は優れているが、新しい価値を創る力に劣る。クラスター2は要望に応える力、自らを生かす力、互いを活かす力は優れているが、全体としては平均的である。同様に新しい価値を創る力に劣っている。サンプル全体ではクラスター1および2が全体を説明する傾向にある。クラスター3、4、5はサンプル数が少ないため全体の反映には至らない。この相関係数は0.73であり、サンプル間の距離がデンドログラムにある程度反映されている事を示している。この傾向は「SPROUT」の出力結果とも一致しており、本データを使用することに関して統計的にも一定の信頼性がある事を示している。【考察】 WCPTの教育ガイドラインに関する方針声明には、理学療法教育の目標は継続的な成長であり、生涯学習と専門性の発展は有能な理学療法士の特質であると述べられている。今回、150名の理学療法士に協力を依頼し理学慮法士のジェネリックスキルの目安としてコンピテンシー診断を検討した。5年目以上の理学療法士を対象としたが、どのような行動特性をもつ理学療法士が高業績者(ハイパフォーマー)と位置付けられるのかは、今後も議論が必要である。しかしながら、今回検討したコンピテンシー・モデルは経済産業省が提唱した「社会人基礎力」と関連性をもっている。そもそも、心理テストは後天的にその資質特性はかわらないというところに立脚している。一方、コンピテンシーのように個人の行動特性に着目することは、一定の可塑性へ変化し得る可能性を含んでいる。理学療法士の業務は、自己と他者の置かれた環境に応じて適切な選択を行う思考・行動特性が重要である。アセスメントとフィードバックによりその場にふさわしい行動を繰り返し学習することも可能である。今後は体系化されたカリキュラムの浸透と進捗状況が自己認識できるツールの開発が必要である。【理学療法学研究としての意義】今回の調査より、学生や理学療法士を取り巻く、環境要因により行動特性に変化をもたらすことがわかった。コンピテンシーモデルは学内教育では医療従事者として一定の質の保証に向けた臨床教育として、卒後教育では所属する組織の特性に応じ、高業績を目指した思考・行動特性向上の形成的評価やトレーニング指標として使用することができる。