抄録
【はじめに、目的】運動を開始する際、視覚などの感覚による空間的な座標情報をもとに運動プログラムが生成される場合と、身体内部モデルをもとに自発的に行われる場合があり、それぞれ運動生成に関わる皮質領域は異なることが分かっている。前者では運動前野‐小脳の、後者では補足運動野‐大脳基底核の関与が考えられている。また感覚情報をもとに運動プログラムを生成する際には空間的な座標情報を一度身体の座標(肢の位置、関節角度など)に置き換える必要があり、この際感覚で得られた空間座標情報は一次保存される必要がある。ワーキングメモリーと呼ばれるこの一時記憶については前頭前野の関与が知られている。一方で、運動の準備状態や判断、期待といった心理過程を反映する事象関連脳電位として随伴陰性変動(CNV)がある。これは予告信号を与えた後に命令信号で課題を行わせる際の命令を待っている間の活動を記録するものであり、歩行開始時の皮質活動記録にも応用されている。今回われわれは予告信号として空間記憶課題を付加して歩行開始時のCNVを測定し、空間記憶が運動プログラム作成プロセスにどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることを目的とした。【方法】被験者はインフォームドコンセントを得た健常成人ボランティア10 名とした。コントロール課題としてスクリーン上に赤丸(予告信号)を呈示し、青(命令信号)になったら任意の方向、歩幅で一歩踏み出す課題を単純反応時間課題(以下simple)、3 × 3 のマス目に△☆◇の3 種の図形をランダムに配置した視覚刺激を予告信号として呈示し、次にそのうちのいずれかの図形が現れたらその図形があったマス目上にステップする課題を空間記憶課題(以下memory)として行わせた。施行間隔は8 〜10 秒の間でランダムとし、予告信号と命令信号の間隔は2 秒とした。脳波は頭部外に基準電極を置き、10‐20 法24chに加え、前頭部FC3、FC4、CP3、CP4 およびFCz、CPzの計30chより導出し、予告信号の1sec前から命令信号の1.5 秒後までの4.5 秒間について眼球運動などのアーチファクトの混入部分を除外した40 〜50 回について加算平均しCNVを求めた。CNV振幅値については、予告信号の1 秒前から100msec間の平均値を背景活動とし、命令信号の100msec前までの平均値との差として求めた。前頭部、頭頂部の主な電極間について電極位置(10)×課題(2)の二元配置分散分析を行い、空間記憶課題の有無により皮質活動に違いがあるか検討した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に則り、学内の倫理審査委員会の承認を得て行われた。【結果】両課題とも予告刺激呈示後約500msecより前頭中心部を中心に緩徐な陰性電位(CNV)を認めた。空間記憶課題では予告信号呈示後約400 〜500msec後に前頭部から頭頂部電極を中心にP500 を認めた。CNVの振幅値はmemory課題で高い値を示したが有意差は見られなかった(F(1.7)=4.69;p=0.067)。主要電極ごとでの比較では左前頭部FC3 でのみmemoryが有意に大きかった。頭部上における分布ではmemory課題の500msec前後で前頭部に活動の増加を認めた。【考察】memoryではP500 が観察された。これは記憶保持に関連する電位とされており、空間情報を一時的に保持していたことが示唆される。頭皮上分布もmemoryのみ500msec前後で前頭部が大きく変化し、空間記憶に前頭部の活動が関与したことが推測された。CNV振幅値はmemoryで大きく、simpleに比べ多くの皮質活動を要したと考えられた。【理学療法学研究としての意義】運動制御の障害が外界からの感覚を認知するプロセスによるのか、またその後の知覚-運動統合プロセスによるのかで、アプローチは異なるはずであり、こうした障害を評価するための基礎資料となりうると考えている。