抄録
【目的】これまでの神経生理学的研究で、一側下肢肢位を変化させると対側下肢の運動ニューロンに影響を及ぼすことが明らかになっている。一側下肢を屈曲位あるいは伸展位に変化させた時の反射機構について、Magnusは脊髄イヌ・ネコを用いた交叉性反射の研究を行った。これによると一側の膝蓋腱を叩打した時に対側下肢の伸張された筋群に遠心性インパルスを生じ、交叉性反射が起こるとされている。また、交叉性反射への影響は近位関節ほど強くなることが明らかにされている。一方ヒトを対象にした柳澤らの研究では、一側股関節を他動的に伸展位から屈曲位に変化させると対側ヒラメ筋H波が増大すると報告しており、この結果は交叉性反射の影響によるものと考えられている。このように、一側下肢肢位の変化が対側下肢運動ニューロンの興奮性に与える影響は単シナプス反射の研究により明らかにされているが、随意運動に対する影響を検討したものはない。一側下肢肢位の変化に対する対側下肢随意運動への影響を検証することは、一側下肢の筋力増強を目的とした理学療法において有効な対側下肢肢位を明らかにする上で重要と考えられる。そこで今回は、一側股関節屈曲角度の変化が対側足関節底屈筋力に及ぼす影響を明らかにすることを目的として健常者を対象に実験を行った。【方法】研究対象者は下肢および体幹に整形外科的・神経学的疾患による障害がない健常成人男性18 名とした。対象者の平均年齢(SD)は28.3(4.5)歳 、平均身長(SD)は172.8(5.7)cm、平均体重(SD)は66.9(8.4)kgであった。対象者に関節トルク測定装置上(BIODEX medical system社製BIODEX system 3)で両上肢を胸の前で組ませ背臥位をとらせ、検者は対象者の左下肢に足関節底背屈筋力測定用アタッチメント装着し、左股関節0°屈曲位、左膝関節0°伸展位、左足関節20°底屈位に固定した。体幹は非伸縮性のバンドで固定した。次に、対象者の右下肢を専用アタッチメントにより解剖学的基本肢位、他動的に膝関節0°伸展位のままで股関節15°・30°・45°・60°屈曲位に保持し、これら5 通りの右下肢肢位で左足関節底屈の最大静止性収縮を行わせ、最大底屈筋力を測定した。各肢位での一回の筋力測定時間は5 秒間、測定回数は3 回とした。筋疲労の影響を考慮して各試行の間には1 分間の休息、右下肢肢位を変える際には5 分間の休息を設けた。測定肢位の順序はブラックボックスからくじを引かせることで無作為化した。データ解析では左足関節最大底屈筋力(Nm)と最大底屈筋力体重比(Nm/kg)をそれぞれ従属変数、右股関節屈曲角度(0°・15°・30°・45°・60°)を説明変数とした反復測定分散分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は東京厚生年金病院倫理委員会および首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理審査委員会の承認を得た。また、対象者には事前に研究の主旨を文書ならびに口頭で説明し、同意が得られてから実験を行った。【結果】左足関節最大底屈筋力の平均値(SD)は基本肢位で30.8(14.8)Nm、15°屈曲位で33.2(16.1)Nm、30°屈曲位で34.3(17.1)Nm、45°屈曲位で35.6(16.3)Nm、60°屈曲位で36.7(16.1)Nmだった。また、左足関節最大底屈筋力体重比(SD)は基本肢位で45.5(19.1)%、15°屈曲位で49.0(21.4)%、30°屈曲位で50.5(22.3)%、45°屈曲位で52.7(21.8)%、60°屈曲位で54.3(22.3)%だった。反復測定による分散分析の結果、足関節最大底屈筋力および体重比に対する主効果は認められなかった。【考察】統計学的解析の結果、一側股関節屈曲角度の変化が対側足関節最大底屈筋力に及ぼす影響は認められなかった。先行研究において一側股関節屈曲位は対側ヒラメ筋のH波を増大させることが明らかになっており、これはα運動ニューロンの興奮性を高めたと解釈できる。本研究ではこのような反射の影響が随意運動にどう発現するか足関節底屈筋力を指標に検討したが、結果は足関節底屈筋力に有意な効果を与えなかった。この理由として反射の影響の大きさが挙げられる。脊髄動物を用いた先行研究では、交叉性反射の影響が近位関節ほど大きくなるということが明らかになっている。しかし、今回研究対象としたのは下肢遠位の足関節であり、反射の影響を受けにくかったと推察される。したがって、今後はより近位の膝関節や股関節での検討を加える必要があると考える。また、その際に一側下肢肢位を屈曲位のみに保持するのではなく伸展位も合わせて検討することで、交叉性反射の影響をより明らかにすることができると考える。【理学療法学研究としての意義】一側股関節肢位が対側下肢筋力に与える影響を明らかにするためには、今後近位関節を対象に検討を加える必要性が考えられた。