抄録
【はじめに】姿勢制御や立ち直り反射は、大脳皮質の随意的な制御を介さずに起こるといわれている。先行研究では、失調患者の歩行時に、健常者では認められない前頭前野や運動前野の賦活があり、脳幹・小脳などに存在する下位の歩行制御機構の障害を大脳皮質で代償している可能性があると報告している。脳血流量を測定した運動に関する研究は、静止座位や立位姿勢での随意運動や、トレッドミルを利用した歩行を対象としたものが多く、バランス課題における脳血流量の変化を測定した研究は少ない。本研究では、健常者では立位バランス能力が向上するにつれ、大脳皮質での随意的な制御が減少するという仮説を、立位バランス時の前頭前野の脳血流量の変化を用いて検討することを目的とする。【方法】対象は健常男性6 名(年齢39.1 ± 6.9 歳)とした。バランス能力の評価として、重心動揺計(テトラックス、sunlight 社製)を使用し、前後左右の均等な体重分布を表すweight distribution index(以下WDI)を指標として用いた。測定方法として、開眼で1.5m離れた前方の目標物を注視するように指示し、以下の順序で行った。(1)クッション上で静止立位をとり重心動揺の測定を行った。設定は立位保持を30 秒間とし、3 試行実施した。(2)バランスエクササイズとしてバランスボード(DYJOC BOARD、酒井医療)の上で60秒間立位保持を行い、3試行実施した。(3)(1) と同様に測定し、(1)との比較を行った。脳血流量の測定は、光トポグラフィー装置(ETG-7100 日立メディコ社製)を使用し、(1)〜(3)をすべて連続して実施した。計測部位は、左右前頭部を覆うように48 チャンネルを用い、脳血流量の変化は酸素化ヘモグロビン変化量(以下oxyHb)を指標に用いた。バランス能力の変化は、バランスエクササイズの前をPRE、バランスエクササイズの後をPOST とし、その間でのWDIを比較した。PRE WDIとPOST WDIの比較はwilcoxonの符号付順位検定を用いた。脳血流量の変化は、PRE、POSTでチャンネルごとにoxyHbを比較し、t検定もしくはwilcoxonの符号付順位検定を用いた。統計学的分析には統計ソフトDr.SPSS2を使用し、有意水準を5%とした。また、課題に対して関連するチャンネルの数を求めるために、左右のROI(region of interest)解析(r>0.7)を行った。【倫理的配慮】対象者には研究の目的、内容、注意事項に関して十分な説明を行い、書面にて同意を得た上で実施した。なお本研究は当センター倫理委員会の承認を得た(承認番号H24-15)。【結果】重心動揺計において、PRE WDIは5.47 ± 1.84、POST WDIは2.71 ± 1.92 であり、有意差が認められた(p<0.05)。脳血流量変化においては、POSTでの両側前頭前野の領域でoxyHbが減少する傾向が認められ、特に左前頭前野で有意に減少が認められた(p<0.05)。ROI解析では、PREで16 個、POSTで5 個であり減少が認められた。【考察】先行研究では、バランスボードを用いることで即時的に立位バランスが向上するとの報告があり、本研究でもWDIの向上が認められた。WDIの向上とは、前後左右均等に荷重をすることが可能になったことを示し、先行研究を裏付ける結果となった。脳血流量変化では、前頭前野の領域でoxyHbの減少と、課題に関連して反応するチャンネルの減少がみられた。これらはバランスエクササイズを行ったことで、前頭前野などの上位のレベルでの随意的な制御が減少し、姿勢制御が可能になったためと考える。前頭前野は、運動活動の統合と調節を行い、姿勢制御に関与している補足運動野や運動前野との結合が高いと言われている。つまり、PREでは前頭前野を賦活させてバランスの修正が行われていたことに対して、POSTでは前頭前野をあまり賦活させずとも、補足運動野・運動前野から下位のレベルでの姿勢制御が可能になったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究では、バランスエクササイズを行うことで脳血流量が減少し、大脳皮質での随意的な制御が減少することが示唆された。脳血流量変化から姿勢制御における大脳皮質の役割を理解することは、治療プログラムを立案する一助となると考える。