抄録
【はじめに】筋収縮の結果としてもたらされる筋力発揮は、随意運動を遂行する際に不可欠な条件であり、ヒトにおいては様々な活動場面に直結する重要な生体メカニズムの1 つである。そして、我々の日常行動は多種多様であるにも関わらず、適切なタイミングで適切な筋力発揮を行い、合目的的な運動が達成されている。このような筋力発揮は、等張性及び等尺性筋収縮の組み合わせにより生成される。しかし、我々が対象とする症例の多くは運動制御が困難な状態であることが多い。日常生活では随意的に筋出力をコントロールする能力が必要であるが、過去における筋出力調節の研究では、握力や上肢によるものが多く、下肢による筋出力調節能力に関する報告は少ない。そこで今回、一側の等尺性膝伸展筋力発揮を運動課題として指標追従課題における漸増・保持・漸減の筋出力調節能力の特性を得ることを本研究の目的とした。【方法】対象は、健常な若年者10 名(若年群:男性6 名、女性4 名、全員22 歳)であり、測定下肢はChapmanの利き足テスト(ボールを蹴る、缶を踏みつける)にて判定したところ、全対象者の利き足は右であった。対象者の測定肢位は、膝関節90 度屈曲位での端坐位とし、測定肢の下腿遠位部前面に筋力測定装置(フロンティアメディック社製)を装着した。この設定条件下で、以下の等尺性膝伸展筋力発揮を対象者に指示した。まず、等尺性膝伸展筋力の最大随意収縮(Maximum voluntary contraction:MVC)を筋力測定装置にて1 回3 秒間測定し、最大筋力の10・20・30%MVCをあらかじめ算出した。運動課題は、各%MVCの目標筋出力に5 秒間で達する漸増運動、続いて目標筋出力を5 秒間保持する保持運動、その後筋出力保持から5 秒間で完全脱力する漸減運動の3 種類の運動課題で構成した。これらの課題を、あらかじめ対象者の眼前に設置したPCモニター上に提示した標的力線図上を対象者自身の筋出力値を追従させ実施した。その際、膝伸展筋出力(応答出力)は目標値(標的出力)とズレないようにリアルタイムで合わせていくように指示した。なお、%MVCごとに漸増・維持・漸減運動(力量調節課題)を3 回施行し、3 回の課題間には10 秒のインターバルを設けた。筋力測定装置から得られたデータは、サンプリング周波数100HzでAD変換してPCに取り込み、表計算ソフト(Microsoft Excel 2011)を使用しデータ解析した。 また被験者には主観的運動感覚の内省報告をさせた。データ解析は、視標追従能力の評価として、表計算ソフトに表示された10msごとの標的出力と応答出力間の誤差を検出した。目標筋出力値(10・20・30%MVC)毎に、各力量調節課題を3 回測定しているため、算出した誤差は、各力量調節課題3 回分の平均値(絶対誤差平均)を代表値とした。統計学的分析として、1 つ目に、各%MVCでの各力量調節課題間に誤差がないか、2 つ目に、各力量調節課題が%MVCの違いによって誤差に相違がないかを検討するために、一元配置分散分析と多重比較検定(Bonferroni法)を実施した。いずれも有意水準は5%未満とした。【説明と同意】対象者には事前に本研究の目的と方法を紙面にて説明し、同意を得た後に測定を実施した。また、実験プロトコルは学内倫理委員会の承認を得た。【結果】各目標筋出力別に力量調節課題間の比較をした結果、いずれも誤差に有意差を認めなかった。一方、力量調節課題別に目標筋出力間で比較した結果、漸増運動の10%MVCと30%MVC(p=0.026)、漸減運動の10%MVCと30%MVC(p=0.019)との間に有意差を認め、いずれも30%MVCの方が誤差が大きかった。また、目標筋出力値が大きいほど漸増運動より漸減運動の誤差が大きい傾向を認めた。また、対象者の内省報告として「全体として漸減運動の方が難しい」、「保持は比較的簡単」などの報告が得られ、客観的な結果とほぼ一致するような表現がみられた。【考察】10%MVCと30%MVCの漸増・漸減運動にて、10%MVCより30%MVC時の方が追従能力が低いという結果が得られた。筋出力が大きいと単位時間あたりの力の変化率が大きい。一般的には運動単位(Motor Unit:MU)の動員様式は、収縮張力が小さく疲労しにくい筋線維を支配するα運動ニューロンから順次動員される。一方で、短時間で大きな力を発揮する動作時には動員順序は必ずしも固定されていないとの報告がある。これらのことから、MUの動員順序や発火頻度には中枢などの複雑な関与があると考えられ、このため10%MVCよりも30%MVCの方が筋出力調節が困難であったと予測される。また、視覚的フィードバックを伴う課題であったため、小脳による筋出力調節も大きく関与していると予測される。【理学療法学研究としての意義】異なる筋出力調節の特性を知ることは、いまだ確立されていない筋出力調節の評価法確立への手がかりとなり、またトレーニングへの応用へ繋がると考えられる。