抄録
【はじめに、目的】支持基底面内に身体重心(COM)を保持する事は,立位姿勢保持に必要な条件である.COMは足圧中心(COP)により制御できる.これまでも立位姿勢制御の評価としてCOPの運動制御について報告されており,前後方向にCOPを移動する課題動作を行った際に,高齢者は若年者に対してCOP移動距離が小さく,COP最大移動速度が遅い事が明らかとなっている.しかし,過去の報告はCOPのみに着目した報告が多く,同時にCOMがどのように制御されているのかを検討した報告は少ない.また,過去の報告は課題動作が一定の速度で行われており,課題動作速度が高齢者にとってどの程度の負荷であったのかはわからない.安定した立位保持を行うためには,あらゆる速度でCOPとCOMを適切に制御できる事が必要であり,複数の異なる速度で高齢者が適切にCOPとCOMを制御できるのかを明らかとする事は重要である.そこで本研究は,複数の異なる速度で前後方向にCOPを移動する課題動作を実施した.そして,課題動作速度の変化に対して,COPとCOMをどのように制御するのか,高齢者と若年者で比較した.【方法】被験者は,ADLが自立し5 分以上立位保持が可能な65 歳以上の高齢女性15 名(高齢群)と20 歳代の若年女性15 名(若年群)とした.課題動作実施に影響を与えると思われる疾患を有する者は除外した.課題動作は上肢を胸部前方に組んだ立位姿勢で,30・40・50BPM の3 種類のリズムのメトロノームの音にあわせて,つま先と踵に交互に荷重をかける3 つの動作とした.課題動作の測定順序は無作為とし,30 秒間測定し,1 分間の休憩を行った後に次の測定を行った.なお,計測の前に被験者は全ての課題動作を練習した.課題動作施行時,赤外線カメラ8 台を用いた三次元動作解析システムVICON MX(Vicon Motion Systems 社製)と2 枚の床反力計(AMTI社製)を同期させて使用した.課題動作中において,踵からつま先へ荷重をかける過程をCOP前方移動,つま先から踵に荷重をかける過程をCOP 後方移動とし,それぞれのCOP移動距離,COP最大移動速度,COM移動距離を算出した.全てのデータ項目は足長で正規化した.統計解析はDr. SPSS II for Windows(エス・ピー・エス・エス社)を使用した.群と課題動作速度について等分散性と交互作用の有無を確認した後に,各群それぞれ課題動作速度間の差をみるために,一元配置分散分析とTukey法を行った.有意水準は5 %未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき計画し,広島国際大学の倫理委員会にて承認を得た.また,全ての被験者に研究の目的と内容を説明し,参加への同意を書面で得た.【結果】COP前方移動・後方移動における高齢群のCOP移動距離,COP最大移動速度,COM移動距離は,課題動作速度条件間において,有意な差はなかった.一方,COP前方移動における若年群のCOP移動距離は,30BPMに対して50BPMで有意に大きく,COP最大移動速度は,課題動作速度の増加にともない有意に速くなった.COP後方移動における若年群のCOP移動距離とCOP最大移動速度は,課題動作速度条件間において,有意な差はなかった.COP前方移動における若年群のCOM移動距離は,30BPMに対して40BPMと50BPMで有意に小さく,COP後方移動における若年群のCOM移動距離は,30BPMに対して50BPMで有意に小さかった.【考察】本研究の結果,COP前方移動時,若年群は課題動作速度の増加にともない,COP移動距離とCOP最大移動速度が大きくなるが,高齢群は差がなかった.また,若年群は課題動作速度の増加にともない,COM移動距離が小さくなるが,高齢群は変化が認められなかった.これらのことより,若年群は,課題動作速度の増加にともない,COMに対してCOPをより前方に移動し,後方へより大きな回転力を生じさせる事で,COMの移動を少なくした事が推測される.しかし,高齢群はCOPを大きく,速く動かす事が出来ず,結果としてCOMの移動距離も変化していないと推測される.一方で,COP後方移動時,若年群と高齢群ともに課題動作速度条件間において,COP移動距離とCOP最大移動速度は差がなかった.しかし,若年群は課題動作速度の増加にともない,COM移動距離が小さくなるが,高齢群は変化が認められなかった.COMは,COP以外に姿勢の変化によっても制御が行える.つまり,若年群は姿勢を変化させる事で,COM移動距離を少なくした事が推測される.以上より,高齢者は若齢者と比較し,COPとCOMを課題動作速度に応じて制御できない事が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究結果より,高齢者はCOPとCOMを課題動作速度に応じて制御できない事が示唆された.また,若年者はCOPの移動方向により,課題動作速度に応じたCOMの制御方法が異なることが示唆された.本研究の課題動作は,より詳細に立位姿勢制御を評価できる可能性が示唆された.