抄録
【はじめに、目的】高齢者の身体活動量は加齢に伴い減少しやすい。地域在住の高齢者の身体活動は筋力や最大歩行速度に規定されるなど、運動機能と身体活動との関連を示した報告は多い。しかし、高齢者の身体活動は運動機能低下の他、社会的、環境的要因による影響が若年者より大きいものと考えられる。高齢者の外出は買い物や通院、訪問が主な目的となり、移動手段の獲得、外出機会が影響すると報告されている。しかし、要介護状態の高齢者では運動機能の低下、移動の困難が外出先までの市街地の環境よりも住宅内環境や住宅の近接環境による影響を受け、外出の機会をより減少させると思われる。したがって今回、外出時のより直接的な環境要因となる住宅内環境、庭、近隣道路といった調査項目を含む評価ツールを用い、1年間の活動量の変化とこれらの要因との関連を調べることを目的とした。【方法】前年に身体活動量を質問紙により調査した老人保健施設通所サービス利用者の中で、新たな疾患の罹患による機能低下がなかった17名を対象とした(男性4名、女性13名、平均年齢78.4±11.71歳、要支援1-介護度2)。身体活動量は国際標準化身体活動質問票(IPAQ)を用いて面接調査し、1日あたりの運動に要したカロリー(kcal/day)を算出した。前年のカロリーとの比較により、身体活動量の維持、低下を判断した。環境の評価として、ANEWS(簡易版近隣歩行環境質問紙日本語版)、高齢者の運動器の機能向上を評価するためのE-SAS(高齢者の活動的な地域生活獲得を支援するアセスメントセット)を用い、いずれも面接により調査した。身体活動量の維持、低下に対して、世帯人数、介護度、E-SASの下位3項目(生活空間、転倒に対する自己効力感、Timed Up & Go Test(TUG)、連続歩行距離、社会的ネットワーク)、ANEWSの下位3項目(世帯密度、土地利用の多様性、サービスへのアクセス)が影響するかを調べるため、JSTATを用いて多重ロジスティック回帰分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には事前に研究の目的と結果の統計的処理、不参加による不利益のないことを説明し、参加への同意が得られた場合に研究へ参加した。【結果】身体活動量は1年間維持された者10名、低下した者7名であった。身体活動の変化量を従属変数、世帯人数、介護度、E-SAS・ANEWS下位尺度を独立変数とした重回帰分析を行い、標準偏相関係数の高かったE-SASの生活空間、TUG、連続歩行距離、ANEWSの世帯密度の4つの変数が選択された。これらを独立変数とし、身体活動量の変化の有無を従属変数としたロジスティック回帰分析を行ったところ、身体活動量に影響する変数として生活空間と世帯密度が選択された(それぞれp=0.165、0.062、オッズ比0.929、0.826)。このモデルの予測値と実測値の判別的中率は88.2%であった。【考察】生活空間と歩行環境における近隣の住宅密度が最も影響する変数として選択され、ロジスティック回帰式は生活空間が広いほど、世帯密度が高値であるほど身体活動量が維持される確率が低下することを示した。今回、生活空間の広がりが大きいほど身体活動量低下に影響する変数として選択されたが、これは生活の移動範囲が体調や介護者の存在などに影響を受けやすく、狭小化しやすいことを示すものと考えられた。また今回の対象者の居住する地域は中山間地域であり、ANEWSの世帯密度得点は低値であった。一般に建物の多い市街地は店舗、公園など外出の誘因となるものが多く、道路も整備され移動しやすいものと考えられ、高齢者の介護予防支援の施策として路面整備や休憩場所の設置など近隣環境の整備が必要とされる。しかし、要介護状態の高齢者では家屋周辺の環境が整備されていることと身体活動とが必ずしも関連するわけではなく、周辺環境の家屋密度が低いことも農村地域においては身体活動を促す要因となることが考えられた。要介護状態にある高齢者は転倒の不安や疲労、家族の意見などにより自分の意思で自由に地域生活を行うことが困難である。今回、このような状態にある高齢者の外出に関する要因を検討したが、家屋周辺環境が歩行を想定した整備がなされていることや同居家族がいることは身体活動量の維持との関連がなく、一般高齢者の身体活動の誘因となるものが介護高齢者においては必ずしも当てはまらないものと考えられる。【理学療法学研究としての意義】要介護高齢者の身体活動量維持に関する要因に運動機能の他、環境も加えて検討した。一般高齢者と要介護高齢者における身体活動の要因の違いを検討する際に有用であると考える。