抄録
【はじめに、目的】 Timed“ Up & Go” (以下TUG)Test、Functional Reach(以下FR)、Berg Balance Scale(以下BBS)などを使用した転倒予測だけでなく、clinical judgment(以下臨床判断)の有効性が看護領域で報告されているが、PT領域では少ない。第47回理学療法学術大会にて、臨床経験の多いPT6名(平均14.5年)の臨床判断による転倒予測の確かさと転倒予測の視点について、TUG遂行時の高齢者映像を用いて検討した。その結果、臨床経験の多いPTの臨床判断による転倒予測は確かであり、スクリーニングテストでは予測困難な高齢者の転倒危険を、着座場面の観察から予測できる可能性を示唆した。本研究は、臨床判断による転倒予測の確かさの臨床経験による違いを、量的研究から明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は臨床経験10年目以上のPT15名(以下「10年目以上」群)、5~9年目のPT43名(以下「5-9年目」群)、3~4年目のPT34名(以下「3-4年目」群)、1~2年目のPT46名(以下「1-2年目」群)、PT養成校に在籍する3、4年生32名(以下「学生」群)である。データ収集は、5~30名程度の集団毎に行った。スクリーンに映写した9名の高齢者のTUG遂行映像を見て、Visual Analogue Scale (以下VAS)を使用して、「転倒の危険性が非常に高い~転倒の危険性が全くない」で転倒予測を行った。各映像のVAS測定値は、100mmの直線上にチェックした箇所を定規で計測した。100mmを3分位とし、0~33.3mmまでのチェックを転倒低リスク、33.4~66.6mmまでのチェックを転倒中リスク、66.7~100mmのチェックを転倒高リスクと判定した。一方、使用した映像の転倒危険度の設定は、高齢者に実施したスクリーニングテスト結果と転倒歴より、「TUG13.5秒未満、FR21cm以上、BBS46点以上で、過去6カ月以内に転倒経験のない群を低リスク映像」、「TUG13.5秒以上、FR20cm以下、BBS45点以下のいずれかに該当するが、過去6ヶ月間に転倒経験のない群を中リスク映像」、「TUG13.5秒以上、FR20cm以下、BBS45点以下に全て該当し、過去6ヶ月間に2回以上の転倒経験のある群を高リスク映像」と本研究上定義し、上述したVAS測定値と一致したものを正解とした。本研究で使用した映像は、先行研究で用いた21名の映像のうち、臨床経験の多い6名のPTが評価したVAS平均値を三分位に分類したものと、転倒リスク分類が一致した16名から、転倒低・中・高リスク映像毎に3名ずつ選出したものである。臨床判断による転倒予測の確かさは、各リスクレベルの正解数とVAS測定値を従属変数、臨床経験年数で分類した5群を対象者間要因としたKruskal Wallis検定とボンフェローニの不等式による修正にて多重比較検定を行い、臨床経験の違いを検討した。いずれの統計学的解析もSPSS10.0J for Windowsを使用し、危険率は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 筑波大学大学院人間総合科学研究科研究倫理委員会の承認を得て実施した(記番号23-6)。【結果】 Kruskal Wallis検定の結果、臨床経験の違いにより転倒高リスク映像の正解数にグループ間で有意な差を認めた。ボンフェローニの不等式による修正にて多重比較を行った結果、「学生」群よりも「1-2年目」群、「10年目以上」群で、転倒高リスク映像の正解数が有意に多かった。「10年目以上」群の高リスク映像の正解数は、平均2.47±0.74と他の群に比べ最も多かった。転倒低・中リスク映像は、群間による有意差は認めなかった。転倒中リスク映像の正解数は、各群1.0前後と少なかったが、転倒低リスク映像の正解数の平均は2.4~2.8と各群ともに多かった。また、転倒リスク分類別のVAS平均値の比較では、転倒低・中・高リスク映像ともに、「10年目以上」群のVAS平均値が他群よりも有意に高かった。【考察】 PTの臨床判断による転倒予測の確かさには、臨床経験を積むことによる差を認め、臨床経験10年以上熟練することで確かとなることが示唆された。今後は、基盤となる臨床判断を構成する視点の臨床経験による違いについて、質的研究から明らかにする必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、臨床経験10年以上のPTの臨床判断による転倒予測の有用性を示唆するものである。また臨床経験による差を埋めるための臨床教育の必要性を示唆するものと考える。