抄録
【はじめに、目的】 人工股関節全置換術(THA)術後の定期検診の際に、転倒経験を訴える患者が多い印象がある。THA後患者において転倒は脱臼や骨折など重篤な障害になる危険性があり、注意すべき問題である。しかし、THA後患者の転倒についての報告は見当たらない。そこで今回、THA後患者の転倒発生率や発生状況など転倒の実態を明らかにすることを目的として調査したので報告する。【方法】 当クリニックが開催した「股関節教室」に参加した381名を対象とし、アンケートにて転倒実態調査を実施した。回答可能であった359名のうち欠落データのないTHA後1年以上経過した214名(男性11名、女性203名、平均年齢66.0±8.7歳)を分析対象とした。慢性関節リウマチ、中枢神経障害、心疾患があるものは対象から除外した。 調査内容は基本事項6項目(性別、年齢、身長、体重、術肢、手術日)、過去1年間での転倒経験の有無と転倒回数、転倒発生時の状況5項目(転倒場所、転倒時間帯、転倒原因、転倒方向、転倒後の状態)とした。また、転倒経験がある人を転倒群、ない人を非転倒群とし、両群の身体的特徴の相違を調べるために、股関節機能評価Oxford Hip Score(OHS)、外出時の杖の使用、連続歩行可能時間も加えて調査した。アンケートは自由記載と選択式回答にて自己記入形式により実施した。 転倒の定義はLambらの報告を参考にし、「いかなる理由であっても人が地面、床またはより低い面へ予期せず倒れること」とした。めまいや自転車、事故による転倒は分析対象から除外した。 OHSの両群間の比較をするために統計解析にはMann-WhitneyのU検定を用いた。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の趣旨と内容を口頭ならびに書面にて十分に説明し、研究の参加の同意書に署名を得た。また、本研究は当クリニックの倫理規定に則り実施した。【結果】 過去1年間で転倒経験がある転倒群は77名、非転倒群は137名で、転倒発生率は36%であった。複数回転倒経験がある人は21名で分析対象者の10%であった。転倒場所は屋内が52%、屋外が44%、階段が4%であった。転倒時間帯は起床から10時までが12%、10時から17時までが69%、17時から就寝時までが18%、就寝時から起床までが1%であった。転倒原因は滑ったが19%、つまずいたが45%、バランスを崩したが29%、人や物に当たったが6%、その他が1%であった。転倒方向は前方が49%、側方が30%、後方が17%、よくわからないが4%であった。転倒後の状態はけがしなかったが61%、打ち身が22%、擦り傷が11%、脱臼が0%、骨折が6%であった。片側THAは156名で、そのうち転倒群は60名38%であった。両側THAは58名で、そのうち転倒群は17名29%であった。術後平均経過年数は5.4±4.0年であり、術後経過年数別の転倒発生率は術後1~3年が41%、4~6年が33%、7~9年が25%、10年以上が24%であった。OHSは転倒群が16(四分位範囲:14-19)点、非転倒群が14(四分位範囲:12-17)点であり、転倒群のほうが有意に高かった(p<0.01)。外出時に杖を使用しない人は転倒群が65%、非転倒群が82%であった。1時間以上連続歩行が可能な人は転倒群が42%、非転倒群が64%であった。【考察】 先行研究では同年代の健常者の過去1年間の転倒発生率は20%程度と報告されているものが多く、本研究の結果よりTHA後患者の転倒発生率は36%と非常に高いことがわかった。特徴的なのはつまずいて前方への転倒が多いことである。これはクリアランスの不良などの跛行の残存の影響が考えられる。また術後経過年数が短いほうが転倒発生率が高い傾向があった。転倒群と非転倒群の比較では、外出時に杖を使用しない人の割合や1時間以上連続歩行が可能な人の割合は転倒群のほうが低かった。またOHSは転倒群のほうが有意に高かった。OHSは点数が高いほど股関節機能が低いことを表すものであり、転倒群のほうが股関節機能は低いことがわかった。これらのことより転倒群のほうが股関節機能を含め下肢の筋力や持久力などの下肢筋機能の改善が十分ではなく、それが転倒の原因になっている可能性があると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究によりTHA後患者の転倒発生率が高いことが明らかとなり、術後のリハビリテーションにおいて転倒予防対策についても考慮する必要性があることがわかった。