抄録
【はじめに、目的】肺切除術は,他臓器への転移や生命予後を考慮した上で,原発性肺癌に施行される.従来の後側方開胸を主体とした標準開胸術から,低侵襲で行われる胸腔鏡補助下肺切除術(video-assisted thoracic surgery:以下,VATS)は,術後疼痛,合併症の発生率,呼吸機能,在院日数などの点において優れた術式であるとされ,近年急速に普及した.このような背景の中,周術期における理学療法士の任務は,早期離床の実現である.特に,術後呼吸器合併症は,急性期予後のみならず予後に影響を及ぼす因子であり,早期離床を進めていく上で阻害因子となる.つまり,危険因子を予測することは,周術期の理学療法において術後呼吸器合併症の予防につながる.本研究の目的は,肺葉切除術を施行された患者の術後呼吸器合併症の発生率および合併症に影響を及ぼす要因を検討することとした.【方法】対象は2007年1月から2011年12月の間に肺葉切除を施行した原発性肺癌62例とした(年齢71.1±8.8歳,男性33名,女性29名,体重:57.2±11.4kg,身長:157.0±9.9cm). 基本属性は,FVC:2.74±0.79L,1秒率:75.1±12.9%,標準開胸/VATS:26/36例,病理病期が1A:28名,1B:14例,2A:7例,2B:1例,3A:6例,その他:6例であった.対象者には,全て手術前後に渡り理学療法が実施された.当院で行われている術後の理学療法の流れは,術後1日目:座位~立位,2日目:立位~歩行,3日目:歩行である.危険因子となる要因については,年齢,体重,BMI,肺疾患の有無,術前呼吸機能検査(肺活量,一秒量,一秒率),術中所見(麻酔時間,手術時間,輸液量,尿量,出血量)をカルテより後ろ向きに調査した.術後呼吸器合併症は,医師の画像所見によるコメントを含めた無気肺,肺炎とした.検討項目は,全例における術後呼吸器合併症の発生の有無から発生率を算出し,その合併症と術後発生までの日数とした.統計解析は,術後呼吸器合併症の有無別に2群に分類し,年齢,身長,BMI,肺疾患の有無,手術時間などといった各要因に関して,Fisherの正確確率検定,及びMann-Whitney検定を用い比較検討した.さらに,呼吸器合併症の有無を従属変数とし,各評価項目を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析(AIC基準変数増減法)を行った.独立変数は,Hosmer & Lemeshowの基準に従い,両群間の単変量解析にてp値が0.25未満の変数とした.さらに各独立変数間での多重共線性の影響がないかを単相関分析にて確認した.なお,いずれも有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,事前に当院倫理委員会の承諾を受けて行った.また,対象者には説明を行い,同意書にて同意を得ている.【結果】術後呼吸器合併症は11例,合併症なしは51例であった.術後呼吸器合併症の発生率は21.6%であった.合併症は,全例とも無気肺であった.術後呼吸器合併症の発生までの日数は,手術後当日が7例,術後1日目が2例,3日目が1例,4日目が1例であった.術後呼吸器合併症に影響を及ぼす要因を多重ロジスティック回帰分析にて検討した結果,選択された要因は,体重(p<0.05)のみであった.モデルの適合度も有意(p<0.05)あり,オッズ比は1.07(95%信頼区間1.006-1.138)であった.【考察】肺癌に対して行われた標準開胸術とVATSによる術後合併症の発生率は,それぞれ24.6%,15.8%であったと報告されている(森山ら, 2010).本研究では,術後呼吸器合併症の発生率は21.6%であったことから, 過去の報告と同程度であった.また,術後当日より歩行練習を行った研究では,持続的なエアリークなどの合併症が出現したものの,無気肺や肺炎は発生しなかったとしている(Joaoら, 2009).本研究結果から,術後呼吸器合併症の発生までの日数が最も多かったのは,術後当日の無気肺であった.このことから,術後当日から体位ドレナージを施行するとともに,より早期から歩行を開始することは,肺炎や無気肺を予防できるかもしれない.次に,術後の回復に影響を与えるリスク要因は,65歳以上,息切れ,肺気腫,1秒率60%以下,BMIであるとされている(Okitaら,2009).今回,術後呼吸器合併症の有無に影響を及ぼす要因は,体重のみが選択された.異常な体重は手術前から測定可能な指標であり, 体重管理を加味した理学療法を外来期から提供していく必要があると考えられる.【理学療法学研究としての意義】術後呼吸器合併症を予防するためには危険因子を予測する必要がある.本研究の結果から,その危険因子に対して理学療法士が医療チームの一員としてどう関わるべきかを再考する一助としたい.