抄録
【はじめに、目的】人の行為は、環境と相互作用することによって生まれ、学習あるいは適応していく。その学習とは、内的世界と外的世界を統合しながら、内的世界を修正し更新していく過程を示す。そして、運動は身体と環境との相互作用に意味を与える必要な情報を生成すると言われている。過去の知覚経験が内部モデルとして蓄積され、運動を発現しなくても運動を準備すれば期待される運動感覚が脳内で生成される。また、一次体性感覚野は一次運動野・運動前野・補足運動野にも情報を与え、運動プログラムの形成、運動の選択に関与している。一次体性感覚野の発火は、運動に先行して発火するニューロンも発見されており、運動時の構えとしての活動と考えられている。これらのことから、知覚学習は運動の準備・構えを作り出し、次なる運動に影響を与えるものと考える。我々は、刺激に対する予測、期待、注意、運動の準備などの高次の準備過程を評価する随伴陰性変動(contingent negative variation:CNV)を指標として、知覚学習の違いが脳内に及ぼす影響について検討したので報告する。【方法】対象者は、健常成人8 名(男性5 名、女性3 名)、平均年齢23 ± 1 歳、非利き手は左であった。被験者は環境温度25℃に空調された防音防電室内のリクライニング車椅子に腰掛け、CNVの記録は日本光電社製NeuroPackMEB5500 を用いた。脳波用皿電極を国際10-20 法に基づいて、Fz、Cz、Pzの頭皮上に貼付し、基準電極は両耳朶連結、電極間インピーダンスは5kΩとした。画面から発光される予告刺激(S1)の2 秒後、ヘッドホンから呈示される命令刺激(S2)を与え、被験者にはS2 刺激後できるだけ素早く正確に水の入ったコップを非利き手で持ち上げるよう指示し、反応を記録するため長橈側手根伸筋の筋電図を測定した。課題を行う前に、被験者は非利き手にてコップの形状についての知覚学習を1 分間× 2回行った。知覚学習後、「どのように知覚したか」の問いに対して内省報告させる群(内省群4 名)と内省報告させない群(非内省群4 名)に分け、比較検討した。CNVは30 回の加算平均処理を行いS1 前12pointの平均電位を基線として、P300 はS1 後200 〜500msの間の最大の陽性頂点電位、後期CNVはS1 後1000ms〜2000ms間の面積を求めた。EMG-RTは、原波形・全整流波形の筋放電が増大した点を視覚的に判断し記録した。なお、記録において30 μV以上の電位が存在した場合はアーチファクトとして除外した。【倫理的配慮、説明と同意】当実験は所属機関の倫理委員会の承認を得て行われた。被験者には実験の主旨を説明し、書面にて同意を得てから行った。【結果】P300 振幅は非内省群よりも内省群で増大し、Pzの振幅が他の導出部位より大きな値を示した。後期CNV面積はFz、Czで内省群が増大し、Czで大きな値を示した。EMG-RTは、非内省群よりも内省群で短縮した。【考察】P300、後期CNVは内省群で増大し、EMG-RTも内省群で短縮が認められた。P300 は認知文脈更新の過程に反映していると考えられ、頭皮上では正中線上の頭頂部で最大の振幅を示すことが明らかにされており、頭頂部優位に出現する同様の分布を示した。言語教示においてレトリック言語は、自らの身体を主体とした運動イメージを想起させやすく、高次運動領域の活性化の増加が認められたとの報告がある。また、形容詞表現は上肢運動制御において運動計画に影響することが報告されており、知覚学習後の内省報告は、知覚経験を言語化することにより環境に対する運動感覚の想起、次の課題に備える認知文脈更新過程を促通させたと推察される。後期CNVは、両側の前頭前野、運動前野、補足運動野の広範な皮質領野におけるS2 に対する期待や運動反応に対する準備状態を反映していると考えられている。前頭前野、運動前野、補足運動野は運動学習に関与する場所ともされており、内省報告を行うことにより後期CNVが増大したことは、前頭前野、運動前野、補足運動野が賦活され運動を行う前の準備状態・構えを強固に作り出し、知覚経験の言語化は運動を学習する際の有効な手段だと考えられる。【理学療法学研究としての意義】随伴陰性変動を指標として知覚学習の違いが、脳内に及ぼす影響を明らかにし、知覚経験の言語化は運動の準備・構えに影響を与えることが推察された。運動の準備・構えが生成されることにより、効率の良い身体運動・運動学習ができるものと考える。