抄録
【はじめに、目的】変形性股関節症(以下,変股症)患者における腰痛症の有症率は高く,Hip-spine syndromeの概念として知られる.腰痛症は身体活動に制限を与え,日常生活だけでなく就労活動にも影響を及ぼすことがあり,疼痛によって個人のQOLは低下する.変股症患者にみられる股関節の変性と脊柱や骨盤アライメント異常は,腰椎・骨盤リズムに破綻をきたし,結果として腰痛症を合併すると考えられている.変股症患者では腰椎・骨盤リズムに破綻をきたす原因として脚長差や腰椎前弯などが挙げられる.また,股関節の可動域制限を有していることが多く,この制限も腰椎の可動性に影響し,結果として腰痛に関連すると考えられる.しかし,これらの要因が変股症患者の腰痛の原因と考えられているものの,腰痛の有無に対して各要因がどの程度の影響をもたらすかは明らかにされていない.本研究では,変股症患者の腰痛の有無と腰椎前弯や脚長差,股関節可動域を結びつけ,腰痛の有無に関わる要因を検討することに加え,腰痛関連因子のCut off値を明らかにし,保存療法時の目標値を明らかにすることを目的とした.【方法】本研究は横断研究である.対象は女性片側性変股症患者35名である.対象者に腰痛の有無を問診にて聴取した.腰部痛と殿部痛を混同する可能性があるため,腰痛があると回答した者の腰背部を触診することで腰痛の確認を行った.問診にて腰痛があると答えた18名をA群,腰痛がないと答えた17名をB群として分類した.平均年齢はA群62.6±11.0歳,B群64.1±8.4歳,平均BMIはA群26.2±3.6,B群23.2±3.2, JOA scoreはA群43.8±9.9,B群は41.2±5.7であった。従属変数は腰痛の有無とした.独立変数として年齢,BMI,腰椎前弯角度,脚長差,両側股関節屈曲、伸展、外転可動域を聴取・測定した. 統計解析にはPASW Statistics18.0を用いた.A群とB群における各独立変数での対応のないt検定を行った.従属変数を腰痛の有無とし,変数増加法(尤度比)ロジスティック回帰分析を実施した.解析を行うにあたり多重共線性の問題を考慮し,独立変数間でのPearsonの相関係数を求めた.結果,相関係数が0.9を超えるものはなかったため,すべての独立変数を投入するとした.ロジスティック回帰分析では年齢,BMI,腰椎前弯角度,脚長差については,従属変数および独立変数のどちらにも関連する交絡因子として投入し,ロジスティック回帰分析をモデルした.また,有意差の認められた変数のROC曲線を作成し, Cut off値を算出した.これら全ての検定の有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者には口頭および書面にて研究内容を説明し,同意を書面にて得た.【結果】対応のないt検定では,BMIと患側股関節屈曲可動域に有意差を認めたが年齢,JOA scoreには差がなかった.ロジスティック回帰分析の結果,最終的に有意であった変数は,BMI(オッズ比1.421,95%信頼区間1.010-1.998)と患側股関節屈曲可動域(オッズ比0.883,95%信頼区間0.796-0.980)であった.よって,BMIが高く,患側股関節屈曲可動域が小さいほうが,腰痛が生じやすい結果となった.χ2検定の結果はp<0.01で有意であった.HosmerとLemeshowの検定ではp=0.389,モデル全体の判別的中率は77.1%であった.実測値に対して予測値が±3SDをこえるような外れ値は存在しなかった.BMIおよび患側股関節屈曲可動域のCut off値は,BMIで25.0,患側股関節屈曲可動域で72.5度であった.【考察】本研究では,腰痛症の有無に関連する因子を抽出した.結果,腰痛の予測因子としてBMI25.0と患側股関節屈曲可動域72.5度と臨床で判断しやすい指標を得ることができた.BMIが高いことで腹部の周径が長くなり,腰部の負担が大きくなることで腰痛が生じていると考えられた.また,患側股関節屈曲可動域の制限は交絡因子からも独立して腰痛の有無を説明した.股関節屈曲の運動が制限されることで,座位姿勢などで腰椎後弯が強制される.変股症患者では腰椎の前弯角度が大きくなっていることが多く,そのため,屈曲制限が生じた状態で座位をとると腰椎に剪断力が生じ,腰痛の原因になると考えられる.今後は体幹筋力を加えることや縦断研究を行い詳細な分析を進めたい.【理学療法学研究としての意義】変股症患者の腰痛症に着目し,各因子との関連性およびCut off値を明らかにしたことで保存療法時の理学療法に寄与できると考える.