抄録
【はじめに、目的】振り向き動作は、高齢者の骨折を伴う転倒の受傷機転となりやすく、頚部・体幹・骨盤の回旋を伴う複合的な動作である。中でも頚部の回旋は、振り向き動作時における運動範囲が最も大きく、加齢変化によって可動域制限が生じた場合に、姿勢の不安定化をもたらす可能性がある。また、呼びかけ等で急に振り向き動作を求められた場合には、通常とは異なる姿勢戦略をとってしまうことで転倒リスクが増大することが予想される。Jasse et alは、予期しないタイミングで外乱が加わった場合には、代償的ステッピングの遅延や重心偏移の増大が生じることを報告している。そこで本研究では、姿勢制御を不安定にすると予想される頚部の回旋可動域の低下、予告の有無が振り向き動作時の姿勢制御に与える影響を明らかにすることを目的とする。【方法】対象者は健常成人19 名(年齢21.6 ± 1.3 歳)であった。被験者は、重心動揺計(アニマ社製ツイングラビコーダG-6100)上で両踵間は被験者の足長、足角は10°の立位姿勢をとり、運動課題を実施した。運動課題は左右への130°振り向き動作で、130°の位置に設置された指標に、被験者の頭上に装着したレーザーポインターの光を一致させることとした。PC画面上に矢印が表示されたら、できるだけ早く振り向き動作を実施し、130°振り向いた状態で3 秒間静止し、再び立位姿勢に戻る。この一連の流れを5 回繰り返して1 試行とし、順序は無作為で各条件2 試行測定した。実験1 では、1)頚部固定なし、2)頚部固定ありの条件とし、頚部固定は頚椎カラーを装着した。実験2 では、1)予告あり、2)予告なしの条件とし、矢印が表示される前にタイミングと方向がわかる条件を予告あり条件とした。姿勢分析は、被験者の耳垂・肩峰・上後腸骨棘の両側に装着したマーカーを頭上からカメラで撮影し、頚部・体幹・骨盤の回旋角度を算出した。重心動揺計・カメラの取り込み時間は50 ミリ秒とした。評価指標は、重心動揺計では振り向き動作時の前後・左右方向最大振幅(%)、姿勢分析では振り向き動作開始時を基準とした頚部・体幹・骨盤の回旋開始時間(s)、振り向き動作時の頚部・体幹・骨盤回旋の最大角速度(rad/s)とした。統計処理は、対応のあるt検定、Wilcoxonの符号付順位和検定、Friedman検定を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】所属施設の生命倫理審査委員会の承認を得た上で行った。被験者には、個別に研究内容の説明を行い、文書により同意を得た。【結果】実験1 の前後・左右方向最大振幅(%)は、頚部固定あり条件で有意に大きかった{前後:頚部固定なし4.6 ± 1.7(%)、頚部固定あり7.1 ± 2.7(%)、左右:頚部固定なし6.4 ± 2.9(%)、頚部固定あり9.2 ± 4.7(%)}。回旋開始時間(s)は頚部固定あり条件において、頚部の運動が遅くなる一方で、骨盤・体幹の運動の開始は早くなり、頚部と骨盤の回旋開始時間は同程度であった{頚部固定なし:頚部0.03 ± 0.12 (s)、体幹4.4 ± 1.2(s)、骨盤2.9 ± 1.0、頚部固定あり:頚部1.05 ± 1.5(s)、体幹2.8 ± 1.1(s)、骨盤1.4 ± 0.8(s)}。実験2 の前後・左右方向最大振幅(%)は、予告なし条件で有意に大きかった{前後:予告あり3.7 ± 1.7(%)、予告なし4.6 ± 1.7(%)、左右:予告あり5.6 ± 3.4(%)、予告なし6.4 ± 2.9(%)}。頚部・体幹・骨盤の回旋開始時間(s)の時間的順序に条件間で違いはみられなかった。回旋の最大角速度は、予告なし条件で頚部回旋のみ有意に大きかった{予告あり168 ± 38(rad/s)、予告なし197 ± 47(rad/s)}。【考察】頚部固定あり条件における回旋開始時間は、頚部の運動が遅くなる一方で、体幹と骨盤の運動は早くなっており、頚部と骨盤は同時に動き始めていた。振り向き動作は、頚部に次いで体幹・骨盤の順序で回旋が開始されると報告されていることから、頚部固定あり条件において通常とは異なる戦略をとることが、前後・左右方向最大振幅の増大につながったのではないかと考えられた。予告なし条件は、頚部回旋最大角速度が有意に大きかった。頚部回旋は姿勢制御を不安定にさせ、速いほどその影響は大きいことが報告されていることから、予告なし条件において、より不安定な姿勢戦略で振り向き動作を行っていると言える。また、予告なし条件において前後・左右方向最大振幅も有意に増大していることからも、姿勢制御が不安定化していることがわかる。そのため、予期しないタイミングで外乱が加わったときと同様に、予期しないタイミングで振り向き動作行うことは、姿勢制御を不安定にさせることが示された。【理学療法学研究としての意義】頚部固定や予告の有無が健常成人の振り向き動作に与える影響が明らかとなり、頚部・体幹・骨盤の回旋開始時間や最大角速度を用いて姿勢戦略を検討することの有用性が示された。今後、高齢者や有疾患者において検討することで、理学療法評価や介入方法の考案が期待できる。