抄録
【はじめに、目的】脳卒中片麻痺患者のリハビリテーションの過程では様々な阻害因子が存在する。その中でも、全脳卒中患者の20から40%に発症するといわれている脳卒中後うつ病(post-stroke depression:以下PSD)は脳卒中発症後6ヶ月から2年のうちに最も多く発症すると報告されており、維持期のリハビリテーションを行う上で留意すべき合併症の一つである。また、PSDは慢性期脳卒中片麻痺患者の麻痺肢の動きや認知障害、日常生活動作能力およびQuality of Lifeを阻害する因子ともいわれている。臨床現場では、在宅でもできるだけ身体機能を維持・改善させ、活動性の高い生活を送れるよう自主運動を指導して在宅生活へつなげることが一般的である。しかし、実際は、指導した自主運動は行われていない場合も多々あり、身体機能や体力の低下により、廃用症候群や転倒によって再入院されるといった悪循環を経験することがある。そのような二次的合併症を予防するための自主運動の効果は多数報告されている。しかしながら、効果的とされる各種自主運動も継続して行われなければ二次的合併症状を引き起こす可能性が高くなる。そこで本研究は、自主運動の実施に関わる因子を検討する目的で慢性期脳卒中片麻痺患者の自主運動実施状況とPSDの症状の一つである抑うつ気分との関係について調査した。【方法】対象は、外来通院中の慢性期脳卒中片麻痺者7名(年齢:69.6±9.0歳、改訂長谷川式簡易知能評価スケール:26.7±3.2点、発症からの罹病期間:636.9±371.8日)とした。抑うつの評価には日本版自己評価式抑うつ性尺度(Self-rating Depression Scale:以下SDS)を用いた。このスケールは、点数が高いほど、うつ傾向が高いことを示すものである。自主運動について、内容はバイブレーター(大東電機工業株式会社製 MD-01)による振動刺激を麻痺側上肢・手指に与えるといった簡易的なものとした。我々は、この自主運動の効果について先行研究の中で報告している(2012)。実施頻度は1日に3回(朝・昼・夕)とし、実施期間は1週間とした。また、内容・注意点を記載した用紙を用いて、口頭にて対象者に十分に説明をした。さらに、対象者本人で自主運動の実施を管理できるようにチェックリストを配布し、実施期間終了後に回収することで実施・非実施を調査した。統計学的解析には、自主運動実施率とSDSとの相関を調べるために、Spearmanの順位相関係数を使用し、危険率1%未満をもって有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、対象者の倫理性に十分な配慮を行い、全対象者に本研究の主旨と概要を説明し、同意を得た後に実験を開始した。【結果】SDSは44.3±5.3点、自主運動実施率は90.4±5.0%であった。Spearmanの順位相関係数はr = -0.878 (p < 0.01)であり、SDSと自主運動実施率の間に有意な強い負の相関が認められた。【考察】本研究結果より、SDSと自主運動実施率の間に負の相関があることから、慢性期脳卒中片麻痺者の在宅における自主運動の実施に関わる要因の一つとして抑うつの程度が挙げられると考える。坂本(1998)によると、抑うつとは気分症状としての「抑うつ気分」、症状のまとまりとしての「抑うつ症候群」、疾病単位としての「うつ病」の3つに分けられる。抑うつ気分とは、悲しくなった、憂うつになった、落ち込んだなど、滅入った気分のことである。抑うつ症候群とは、抑うつ気分とともに生じやすい症状の集まりであり、興味喪失や易疲労性、自信喪失、自責感、睡眠の変化、絶望感、心気的憂慮などが含まれる。また、SDSによるうつ病の診断について、福田ら(1973)は日本人での検証により50点を区分点とするのが適切であると提唱している。したがって、本研究の対象者の抑うつの程度については、SDSの値より、うつ病の診断基準には達しないものの、抑うつ気分を含む、複数の抑うつ症状を呈している状態であることが考えられる。脳卒中後のうつ状態の発生機序は、脳脊髄液内のセロトニンの生成または代謝異常による器質的要因と、身体機能や日常生活動作の低下、社会的役割の低下等からなる反応性要因が相互に干渉し合っているとされている。これらのことから、脳卒中による脳機能異常と身体機能や能力低下の障害受容の過程によって発生した抑うつ気分が、自主運動実施を阻害したことが推察される。【理学療法学研究としての意義】慢性期脳卒中片麻痺患者は、抑うつ傾向が高いほど、自主運動の実施に支障が出るという結果が得られた。自主運動の指導にあたり、抑うつの程度を把握する必要性が示されたことで意義がある。