抄録
【はじめに、目的】当院は2011年に救急科が立ち上がり,敗血症性ショックや急性呼吸窮迫症候群といった重症患者に対する理学療法を施行する機会が増加してきた.重症症例では換気を維持・改善するため,救急医が気管支ファイバースコープ(以下,気管支鏡)を用いて肺内の分泌物を吸引することがある.その時期における理学療法としては,肺の換気状態を保つため体位変換や,排痰手技であるスクイージング等のアプローチを実施しながら離床の機会を窺う.当院では,気管支鏡にて吸痰出来ない末梢の痰が存在する症例に対し,理学療法士が同時介入しスクイージングを併用して行っている.その際は,毎日実施しているカンファレンスにて他職種間での情報を共有し十分なリスク管理の下,救急医,看護師,臨床工学技士,理学療法士のチームによりアプローチを行っている.これまでに,気管支鏡とスクイージングを併用し効果が得られたとの報告は,我々の渉猟し得る範囲では見当たらない.そこで今回,敗血症性ショックを呈した人工呼吸器管理下の症例に対し,気管支鏡施行時に同時介入しスクイージングを実施した一例を報告する.その際の留意点や知識,また理学療法士としての役割について若干の知見を得たので,当院の取り組みを含め紹介する.【方法】70歳代男性,50年前頚髄損傷受傷し現在まで近医入院中であった症例.今回敗血症性ショックにより人工呼吸器管理となり,第20病日,左主気管支より左肺野全体に痰が貯留し酸素化が低下.人工呼吸器設定は従圧式強制換気(PC)補助/調節換気(A/C),PI:12cmH2O,PEEP:10cmH2O,FiO2:40%,呼吸状態は一回換気量:269ml,分時換気量:5.97L/分,呼吸数:21回/分,P/F比:268であった.気管支鏡(機種:OLYMPUS社 気管支鏡 BF 260)にて吸痰を行うが,その際救急医より要請を受け理学療法士が同時介入し,スクイージングを併せて行った.介入するに当たっては,毎日実施している他職種カンファレンスにて情報を共有し,リスク管理,他職種との連携に努めた.【倫理的配慮、説明と同意】本報告はヘルシンキ条約に基づき実施し,当院倫理委員会にて承諾,患者本人に同意を得ている.【結果】スクイージングでは,気管支鏡で吸痰困難な末梢の痰を中枢側に移動させることが可能となる。さらに、施行者に理学療法士からの評価による痰の位置を示すことで,施行中の侵襲を最小限にし効率よく吸痰することができる。これにより、ウイーニングが順調に進み,他職種からの気管支鏡とスクイージングの同時介入,また呼吸理学療法の必要性の認識度は強くなった.症例の喀痰は減少し,一般病棟へ転棟可能となった.【考察】気道内分泌物を除去し,肺の換気とガス交換を改善させ酸素化を改善させる目的として,気道クリアランス法の一つ,排痰手技を実施した.排痰手技の場合は,末梢の痰を中枢側に移動させることが可能であるが,吸引可能なところまで中枢側に移動しなければ吸引は困難である.また,気管支鏡の場合は中枢側からある程度末梢までの吸痰が可能であるが,より末梢にある痰の吸痰が困難な場合がある.よって, 気管支鏡とスクイージングとを組み合わせることは,分泌物が多量に貯留し酸素化が低下した症例に対し,有用性が示唆される.その際留意することとして,3つ挙げている.一つ目は,介入前後のフィジカルアセスメントである.呼息・吸息時の胸郭の動きの左右差,聴診や触診による痰の有無などを介入前後で評価し,比較する.二つ目は,スクイージングを行うタイミングを,気管支鏡を操作する施行者と合わせることである.ファイバースコープが気管内にある際はスクイージングを行っても効果は少なく分泌物は移動しにくい.また気管支の解剖を把握しておくことで,施行者と共にモニタを見ながら的確に痰の位置を示し,効率よくアプローチすることが可能となると言える.三つ目は,バイタルサインの確認である.気道クリアランス法の合併症として低酸素血症,不整脈,頭蓋内圧上昇等があげられており,常にモニタにて各数値の確認や患者の状態の観察を行い,徹底したリスク管理に努めている.今回の知見を基に,今後も症例を重ね,その有用性を確立していきたい.【理学療法学研究としての意義】気管支鏡等の機器や医師の技術だけでなく,理学療法士が積極的にチームアプローチに参加することが,早期回復,早期離床の手段の一つとなること,また職域の拡大にも繋がり,さらに今回の報告が, 気管支鏡とスクイージングの併用について,有用性の確立のきっかけとなる可能性がある.