抄録
【はじめに、目的】過度な運動や安静は酸化ストレスを惹起し,活性酸素種(ROS)を産生させる.ROSは非特異的な化学反応による細胞損傷を与え,筋委縮,血管障害,癌,生活習慣病,老化等の健康障害の原因となることが指摘されている.一方,抗酸化物質はROSを除去する能力があり,様々な物質が報告されている.その中でアスタキサンチンは強力な抗酸化物質で,細胞に直接ダメージを与える脂質過酸化を抑制するとされている.また同時に,ROSの一種であるO2- を効率的に消去することも報告されている.そこでアスタキサンチンの抗酸化作用に着目し,アスタキサンチンを予防的に摂取すれば運動や安静におけるROS誘発性の細胞死を軽減し,予防につながる可能性を考えた.しかし,細胞死の予防に効果的なアスタキサンチンの至適濃度は明らでない.本研究では,アスタキサンチンの予防的添加がH2O2誘導性ヒト線維芽細胞の細胞死に及ぼす効果と,その至適濃度を培養細胞で検証した.【方法】ヒト皮膚線維芽細胞を96-well plateに対して2.0 × 104cells / wellの密度で播種し,培地(DMEM,10%FBS)で培養した.始めに培養開始24 時間後,培地に225 μMから375 μMのH2O2を加え,線維芽細胞に細胞死が誘導されるH2O2濃度を確認した.また,アスタキサンチンが培養細胞の生存に及ぼす影響を確認するため,培地に20nMから100nMのアスタキサンチンを添加し,18 時間後の生存率を確認した.さらにH2O2による線維芽細胞の細胞死に対するアスタキサンチンの予防効果を検証するため,20nMから100nMのアスタキサンチンをあらかじめ添加した培地にH2O2を加え,18 時間後の生存率を確認した.細胞生存率はMTT assayにて測定した.得られた結果の統計処理には一元配置分散分析とScheffe の多重比較検定を用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,相手方の同意や協力を必要とする研究,及び個人情報の取り扱いの配慮を必要とした研究ではない.ただし,所属施設における規則等を順守した上で実施した.【結果】325 μM以上のH2O2濃度において,線維芽細胞の生存率が有意に低下した.一方,アスタキサンチン添加による効果は,H2O2による細胞死の誘導を濃度依存的に抑制する傾向を示し,40nM以上のアスタキサンチン添加は濃度依存的に細胞死を有意に軽減させた.また,アスタキサンチンのみの添加は,線維芽細胞の生存率に顕著な影響を及ぼさなかった.【考察】325 μM以上のH2O2濃度において線維芽細胞の細胞死が誘導されたが,40nM以上のアスタキサンチン添加により細胞死の誘導が抑制されることが明らかになった.細胞内ではカタラーゼやペルオキシダーゼなどの酵素が働くことによりH2O2を無効化するとされている (Steiling et al, 1999).本研究で用いた2.0 × 104個の線維芽細胞に対する325 μM以上のH2O2投与は,線維芽細胞が持つROSの代謝能を上回ったため,細胞死が誘発されたと考えられる.また,生体に取り込まれたアスタキサンチンが細胞膜において脂質二重層を貫通した状態となり,細胞内の電子を細胞外へ出すことで脂質過酸化を防ぐと報告されている(McNulty et al, 2007).これらのことからアスタキサンチン添加による濃度依存的な細胞死の予防効果には,アスタキサンチンの濃度上昇に伴う細胞膜における防御機構の増加や細胞外へ誘導する電子の増加が関与していると示唆される.さらに40nM以上のアスタキサンチンの予防的添加は細胞死を有意に軽減させたことから,生体におけるアスタキサンチンの体内濃度が40nM以上になるように摂取することが,運動や安静によるROS誘発性の細胞傷害を効率的に予防することにつながると考えられる.【理学療法学研究としての意義】アスタキサンチンの強力な抗酸化作用は,運動や安静に対する酸化ストレスの増加を抑制し,理学療法の効果を引き出す有用な栄養サポートになる可能性があると示唆された.本研究によるアスタキサンチンの至適濃度の検証はアスタキサンチンの臨床応用をより現実化させ,効率的な理学療法治療の実施につながると考えられる.