抄録
【はじめに】 糖尿病療養における運動療法は,糖尿病発症/進行の抑制を目的に行われ,食事療法と併せて実行された場合の効果は高いとされている.しかしセルフケア行動の実施率では食事療法と同様に期待するに実施率が得られていない.運動行動変容に関連する心理的要因として運動自己効力感(self-efficacy;SE)が挙げられ,運動SEの向上により身体活動が高まる事が示されている.また身体活動には物理的な環境要因も関連する事が示されており,運動SEの有効性について諸家らの報告はあるが,外来糖尿病患者における運動継続に関する要因を心理的要因と環境的要因を含めて検討した報告は少ない.本研究では,当院に通院する外来糖尿病患者に対し,運動の実施状況に関するアンケート調査を行い,運動継続の要因を明らかにする事を目的とする.【方法】 2012年8月から同年10月の間に当院糖尿病内科に通院した患者のうち,独歩困難,認知障害,精神疾患,運動の適さない高度糖尿病合併症などを有する者,本研究への同意が得られなかった者を除く87名(男性56名,女性31名;平均年齢63.4±11.3歳)を対象とした.調査内容として運動習慣の有無,障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(以下,生活自立度),運動行動変容ステージ(以下,行動変容),心理的要因として運動SE,環境的要因の評価として国際標準化身体活動質問紙環境尺度(International Physical Activity Questionnaire Environmental Module;IPAQ-E),ペットの有無を自己記入式で行った.また診療記録から年齢,性別,糖尿病の病型(以下,病型),糖尿病罹病期間(以下,罹病期間),HbA1C値(NGSP)を調査した.運動習慣の定義は平成20年国民健康・栄養調査結果の概要での定義に準じた.運動SEの指標には, Marcusらが作成した「運動実施に対する自己効力感」の5項目を用い,運動する自信があるか否かを5段階リッカート式尺度で尋ね,その合計(5~25点)で比較した.IPAQ-Eは居住している隣接環境に関する各質問に対し4段階で定評した.運動習慣の有無により運動継続群と非実施群に分け,各項目の比較を行った.統計学的解析は比較前に正規性を確認した後,年齢の比較には対応のないt検定,罹病期間,HbA1C値と順序尺度である生活自立度,行動変容,運動SE,IPAQ-E項目の比較にはMann-WhitneyのU検定,名義尺度である性別,病型,ペットの有無,近隣住居形態の比較にはχ²検定とFisherの正確確立検定を用いた.いずれの検定も統計学的有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 対象者には事前に本研究の趣旨と内容を説明し,得られた情報は本研究以外に使用しない事を説明し,書面にて同意を得た後に調査を行った.【結果】 運動継続群43名(男性31名,女性12名;平均年齢67.0±8.3歳),非継続群44名(男性25名,女性19名;平均年齢59.9±12.7歳)に分けて検討を行った.2群間の比較で有意差を認めた項目は年齢,罹病期間,HbA1C値,行動変容ステージ,運動SE,ペットの有無,IPAQ-Eの項目では「バス停,駅などが自宅から歩いて10~15分以内にある」「近所では交通量が多く,外を歩くことに危険を感じたり,歩くことが楽しくなかったりする」「近所では運動したり,体を動かしている人を多く見かける」等の項目で有意差を認めた.【考察】 運動継続群と非継続群とを比較した結果,患者属性,心理的要因,環境的要因に有意差を認めた.生活自立度に差はないものの運動継続群では非継続群に比べ年齢が高く,罹病期間も長かった.これは余暇時間や糖尿病療養に関する知識の習熟度に関連していると考えられる.また運動継続群では心理的要因である運動SEも有意に高く,行動変容ステージとの関係も明らかな事から先行研究と同様の結果を示し,運動の継続に伴いHbA1C値も有意に低い状態であった.環境的要因としては近隣施設や自転車に関する項目は抽出されず歩行そのものに対して正と負の強化因子に有意差を認めた.斉藤らの報告では特定健診受診者の歩行時間と関連する環境的要因として近隣施設が挙げられている.更には自家用車保有の有無が報告されているが,対象者や身体活動の種類によって影響する環境要因が異なることも指摘されている.【理学療法学研究としての意義】 従来より運動継続の要因として心理的因子である運動SEが重視されてきたが,加えて環境的要因の評価項目から数項目が運動継続に関連しており,身体活動推進および生活習慣病予防には,対象者や身体活動の種類に応じた環境への対策を講じる必要性があることが示唆された.糖尿病患者の身体活動に関連するとされる環境的要因に関しての研究は少なく,運動SEの強化因子となる環境的要因との結びつきによって身体活動量や血糖コントロール等の改善も期待され,特定の身体活動や疾患に対し,どのような環境要因が関連しているかという知見を蓄積していく事,更にその因果関係を明らかにすることが重要である.