抄録
【はじめに、目的】ギプスによる関節固定は患部の安静や治癒目的に行われるが、その弊害として疼痛の発生が報告されている。これまでに我々は、ラットの両側足関節を4 週間ギプス固定すると、腓腹筋および足底において機械的刺激に対する逃避反応が亢進し、固定除去後にさらに亢進することを確認している。また、ストレッチングにより逃避反応の亢進は抑制され、壊死線維数も低値を示した。しかし、先行研究で2 週間のギプス固定によっても腓腹筋、足底に疼痛が惹起されることが確認されているが、ストレッチングの効果は明らかではなく、筋線維損傷の関与についても検証の余地がある。よって、本研究はラット後肢を2 週間ギプス固定した後に生じる疼痛にストレッチングが及ぼす効果を検証することを目的とした。【方法】モデルはWistar系雄性ラットを用い、両側足関節を最大底屈位にて2 週間ギプスで固定することで作製した。実験群はギプス固定除去後に2 週間通常飼育を行う群(通常飼育群、n=6)と、通常飼育に加えて2 週間ストレッチングを行う群(ストレッチ群、n=6)の2 群とした。ストレッチングは自作した他動運動装置を用いて40°の可動範囲で足関節最大背屈位まで行い、30分/日、6日/週、固定除去直後から実施した。評価指標は足関節最大背屈角度の測定、腓腹筋に対する筋圧痛閾値、足底および下腿皮膚への触刺激による逃避反応閾値とした。足関節最大背屈角度は徒手で股・膝関節を90°屈曲位に固定し、足部を他動的に背屈することで測定した。腓腹筋に対する筋圧痛閾値はRandall-Selitto装置(Ugo Basile、Italy)を用いて測定した。具体的には、先端径2.6 mmのプローベを右腓腹筋外側の筋腹に当て漸増的に圧迫し、逃避反応が出現した際の圧力を記録した。足底および下腿皮膚への触刺激による逃避反応閾値は、先端径0.5 mmのvon Frey hairフィラメントを足底中央部、もしくは右腓腹筋外側の筋腹に押し当ててup down法により測定した。また、実験期間終了後に腓腹筋外側頭を採取し、凍結横断切片を作製後、HE染色に供し、損傷した筋線維数を計測した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は本学医学部動物実験委員会保健学部会の承認を得て実施した。【結果】足関節最大背屈角度、腓腹筋に対する筋圧痛閾値ならびに足底および下腿皮膚への触刺激による逃避反応閾値は固定期間に伴い両群ともに低下した。固定除去以降では、両群ともに足関節最大背屈角度、腓腹筋に対する筋圧痛閾値ならび足底および下腿皮膚への触刺激による逃避反応閾値が経過とともに上昇する傾向を示した。一方、ストレッチ群は足関節最大背屈角度が通常飼育群に比べ固定除去以降に高値を示したが、腓腹筋に対する筋圧痛閾値ならび足底および下腿皮膚への触刺激による逃避反応閾値は群間に有意な差を認めなかった。また、腓腹筋外側頭の組織学的所見では固定除去14 日後において両群ともに著明な筋損傷像を認めなかった。【考察】本研究では固定除去後において、ストレッチ群では足関節最大背屈角度の改善が促進される傾向を示したが、腓腹筋に対する筋圧痛閾値、足底および下腿皮膚への逃避反応閾値、組織学的所見には群間での差を認めなかった。これまでに我々は4 週間のギプス固定後に同様のストレッチングを行い、腓腹筋および足底における逃避反応の亢進が抑制されることを確認しているが、本研究の結果は異なる傾向を示した。先行研究において、ギプス固定により惹起される足底における逃避反応の亢進は固定期間が延長するのに伴い増強することが報告されていることから、2 週間のギプス固定では4 週間固定した場合と比べて疼痛が軽度であったと考えられる。また、組織学的所見において本研究では通常飼育群においても筋損傷像を認めなかったが、4 週間のギプス固定では壊死線維が散見されている。これらから、短期間の固定では疼痛ならびに筋損傷の程度が軽度であり、ストレッチングの効果が生じにくい状態にあったことが推測される。しかし、本研究では固定除去後の下腿骨格筋における組織学的な経過を詳細に確認できておらず、今後さらなる検討が必要である。【理学療法学研究としての意義】ギプス固定後に疼痛が生じることが報告されているが、その病態は未だ明らかではなく、介入方策についての検討が必要である。本研究の結果は、固定期間の違いによりギプス固定後の疼痛に対するストレッチングの効果が異なることを示しており、病態にあった適切な介入方策を検討していくための知見となるものと考える。