抄録
【はじめに、目的】理学療法において,運動観察や運動イメージは,運動機能回復を目的とした有効な介入手段の一つである (Mulder T, 2007).先行研究において,手指のタッピング運動や対象物への上肢到達運動における運動観察,運動イメージ,運動実行中では類似した脳領域が賦活することがfunctional magnetic resonance imaging (fMRI) を用いて明らかにされている (Macuga KL, 2012; Filimon F, 2007).しかしながら,fMRIを用いた測定は身体の拘束性が高く,実際の日常生活とは異なる環境である.さらに,上肢の主な機能の一つである物品使用時における脳活動については明らかにされていない.そこで本研究では,身体の拘束性が低く,日常生活と同様の環境で脳活動の測定が可能であるfunctional near infrared spectroscopy (fNIRS) - electroencephalogram (EEG) システムを用いて,片手および両手の物品使用における運動観察,運動イメージ,運動実行中の脳活動について検討した.【方法】対象は,本研究に参加の同意を得た健常成人36 名(男性19 名,女性17 名,平均年齢23.0 ± 5.3 歳)とした.全ての被検者は,Edinburgh Handedness Inventoryにて右利きを示した.被験者は,背もたれのある椅子に座り,片手(箸と金槌)および両手(折り紙)の物品使用における運動観察,運動イメージ,運動実行を行った.運動観察条件—運動イメージ条件—運動実行条件を1 試行とし,計3 試行実施した.各条件のプロトコルは,rest (15 s) - task (15 s) - rest (15 s) - task (15 s) - rest (15 s) とし,その時の脳活動を測定した.脳活動の測定は,fNIRS(FOIRE-3000, 島津製作所製)とEEG(Active Two System, Biosemi社製)を用いた.fNIRSは,運動関連領野を覆うように光ファイバフォルダを装着した.パラメータは,酸素化ヘモグロビン (oxyHb) とし,NIRS-statistic parametric mapping (SPM) を用いて解析を行った.EEGは,国際10-20 法に基づいて32 チャンネルで測定した.パワースペクトラム解析を用いて,mu帯域 (8-13 Hz) のevent-related desynchronization (ERD) を算出した.有意水準は全て5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した.全ての対象者に対して本研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護および参加の拒否と撤回について十分に説明を行った後に参加合意に対して自筆による署名を得た.なお,本研究は当大学の研究倫理委員会の承認を得て実施した (H23-33).【結果】SPM解析の結果では,箸使用の運動イメージと運動実行,金槌使用の運動観察,運動イメージ,運動実行,折り紙使用の運動実行において運動前野に相当する領域にoxyHbの有意な増加を認めた (p < 0.05).パワースペクトラム解析の結果では,箸・金槌・折り紙使用の運動観察,運動イメージ,運動実行において感覚運動領域 (Cz) にmu帯域のERDを認めた.二元配置分散分析の結果,使用した物品と条件の間に有意な交互作用は認めず,使用した物品および条件にも主効果を認めなかった (p > 0.05).【考察】箸使用の運動イメージと運動実行,金槌使用の運動観察,運動イメージ,運動実行では,感覚運動領域のmu ERD および運動前野のoxyHbの有意な増加を認めた.この結果は,運動観察と運動イメージでは,運動実行に類似した心的なシミュレーションを適切に行っていたことを意味する.一方,箸使用の運動観察,折り紙使用の運動観察と運動イメージでは,感覚運動領域のmu ERDを認めたが,運動前野のoxyHbの有意差は認めなかった.箸および折り紙使用は巧緻性を伴った視覚的情報を多く含む.このことから,これらの運動観察ではミラーニューロンシステムの活動に必要な意味のある情報 (Craighero L, 2007) が想起されなかったこと,また運動イメージでは視覚情報優位のイメージを行っていたことが示唆された.【理学療法学研究としての意義】理学療法において,運動観察や運動イメージは,運動機能回復を目的とした介入のツールとして用いることが多い.本研究結果は,使用する物品から想起される感覚モダリティを考慮した上で,運動観察や運動イメージを臨床応用する必要性があることを示唆した.