抄録
【はじめに、目的】筋腱に対して適切な周波数で振動刺激を行うと,刺激された筋のIa群線維が発火し,実際には関節運動が生じていないにも関わらず,あたかも刺激された筋が伸張する方向への運動錯覚を生じる。振動刺激の周波数とIa群線維の発火頻度は正の比例関係にあり,Ia群線維の発火頻度の増加に伴い,運動錯覚の自覚的強度が増大する。また,振動刺激による運動錯覚中に運動イメージを行わせることによって,振動刺激に伴う筋紡錘からの求心性入力と運動イメージが統合され,それぞれ単独で行った場合とは異なる運動を知覚することが明らかとなった。しかし,筋紡錘からの求心性入力に対する運動知覚強度の利得が,運動イメージによって変化するのかは明らかでない。筋紡錘からの求心性入力に対する運動知覚強度の利得が運動イメージによって変化しないのであれば,運動イメージを行った際に知覚する運動速度の変化が全ての周波数で一定になると考える。そこで,本研究ではその点を明らかにした。【方法】対象は健康な成人とし,対象側は左とした。測定肢位は安楽な椅子座位とし,自作の台に前腕中間位で前腕近位部と第5 中手骨を置いた。実験課題として,様々な周波数で振動刺激を行い,同時に運動イメージを行わせた。そして,振動刺激終了後,刺激中に知覚した関節運動を同側で再現させた。振動刺激部位は,手関節の背屈筋あるいは掌屈筋とした。振動刺激の周波数は,40Hz,60Hz,80Hz,100Hzとした。刺激時間は3 秒間とした。イメージさせる運動は,手関節が3 秒間で中間位から最大掌屈位まで掌屈する運動とし,一人称的に行わせた。運動イメージは3 秒間実施した。なお,筋収縮を伴わずに運動イメージができるようになるまで,短橈側手根伸筋と尺側手根屈筋を筋電図でモニタしながら事前に練習を行なった。実験条件として,4 段階の周波数での振動刺激中に運動イメージを行う条件と行わない条件の合計16 条件を設定し,3 試技ずつ実施した。振動刺激中に知覚した関節運動を刺激終了後に同側で再現させ,磁気センサで再現中の手関節角度を記録した。得られたデータから角速度を算出し,各条件で3 試技の平均値を個人データとした。統計学的解析として,振動刺激部位ごとに運動イメージと周波数を要因とした二元配置分散分析を実施した。有意な交互作用があった場合,多重比較として単純主効果の検定を行った。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,事前に研究目的や測定内容等を明記した書面を用いて十分な説明を行った。その上で被験者より同意を得られた場合のみ測定を開始した。【結果】背屈筋に振動刺激を行うと,全ての被験者は掌屈運動を知覚した。そして,運動イメージを行うことにより,知覚した運動の角速度が増大した。統計学的解析の結果,運動イメージと周波数の要因ともに有意な主効果があったが,交互作用はなかった。掌屈筋に振動刺激を行うと,全ての被験者は背屈運動を知覚した。そして,運動イメージを行うことにより,知覚した運動の角速度の平均値が減少した。統計学的解析の結果,運動イメージと周波数の要因ともに有意な主効果があり,2 要因には有意な交互作用があった。多重比較の結果,全ての周波数において,運動イメージを行う条件で知覚した角速度が有意に減少した。さらに運動イメージの有無に関わらず,40Hzで刺激した条件と比較して80Hzと100Hzで刺激した条件において,知覚した運動の角速度が有意に増大した。【考察】本研究では,背屈筋への振動刺激によって掌屈の運動錯覚が生じている際に,掌屈運動のイメージを行うことにより,知覚した運動の角速度がイメージした方向へ増大した。しかし,運動イメージと周波数の要因に交互作用がなかった。その一方で,掌屈筋への振動刺激によって背屈の運動錯覚が生じている際に,掌屈運動のイメージを行うことにより,知覚した運動の角速度が減少することが示された。さらに,運動イメージと周波数の要因に交互作用があったことから,振動刺激の周波数によって,運動イメージによる角速度の変化が異なる,つまり,筋紡錘からの求心性入力に対する運動知覚強度の利得が変化することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究は,筋紡錘からの求心性入力と運動イメージの統合が運動知覚に及ぼす影響を解明するための一助となる基礎的研究である。本研究の結果は,理学療法において感覚フィードバックや運動イメージを効果的に用いるための基礎的な知見になると考える。