抄録
【はじめに,目的】 近年,高齢者に応用可能なエクササイズの一つとしてNordic Walking(以下,NW)が注目されている。これは,2本のストックを地面に突いて歩くトレーニングであるが,ストックを前方に突くことで重心が前方へ移行するという特徴がある。従って,ストックを用いた後方歩行では,重心が後方へ移行する高齢者の後方転倒の予防トレーニングとして有効であることが考えられる。本研究では,地域在住のNW初心者が,ノルディック・ストックを用いた後方歩行(Nordic Backward Walking; NBW)を獲得するまでの学習過程を検討した。高齢者におけるNBWを検討することで,日常生活の中での後方転倒を防ぐ,または実用的な動作方法の獲得につながるなど,NWの臨床応用が期待できる。【方法】 本学生涯学習センターに個人情報を登録している地域在住高齢者56名に対して,NW教室参加者募集のチラシを郵送し,応募返信のあった高齢者のうち,同意及び測定の協力が得られた19名(男性8名,女性11名,平均年齢64±4歳)を対象とした。抽出条件は1) 既往に心疾患がない者,2) 独歩または杖使用にて歩行可能な者,3) 指示が通りウォーキング方法や測定内容について理解可能な者とした。10m距離のNW(以下,10mNW)5回,10m距離のNBW(以下,10mNBW)5回の歩行時間と歩数を測定し,そのデータから歩行速度,歩幅をそれぞれ計測した。また,持続効果を見るために,5回目の測定から1時間後に再度NWおよびNBWの測定をした。なお,恐怖心に関するVisual analogue scale(以下,VAS)を毎歩行直後に測定し,心理的側面の変化を追った。統計学的解析は,NWおよびNBWの歩行速度・歩幅や恐怖心の変移の比較にはtukeyの多重比較検定,介入前後の比較には対応のあるt-testを行った。統計解析には,統計解析用ソフトSPSS for Windows ( Version 13.0J )を用い,有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 研究の実施にあたっては,研究により得られた結果は,研究以外に使用しない,また責任を持って管理・保管し個人情報の漏洩を防止することや,得られた結果の公表については個人の名前など一切わからないようにするなどプライバシー保護について十分配慮した。対象者には研究の趣旨と内容について書面と口頭で説明し,同意を得てから研究を実施した。なお,本研究は,関西福祉科学大学倫理委員会の承認を得てから行っている(承認番号:11-05)。【結果】 歩行速度は,NWでは1回目から5回目までフィードバックを与えずに施行した期間も有意に速くなったが,NBWでは1回目と2回目,2回目と3回目の間のみ有意差が認められた。また,5回目の測定から時間を置いた1時間後の6回目の歩行速度では,NWでは有意に速くなったが,NBWでは有意に速度が遅くなった。歩幅は,NWでは1回目から5回目までフィードバックを与えずに施行した期間も各間に有意な差は認められず,NBWでは1回目と2回目,2回目と3回目の間のみ有意に増加した。また,5回目の測定と1時間後の6回目の歩幅では,NWでは有意な差は認められなかったが,NBWでは歩幅が有意に減少した。NWの恐怖心(VAS)は,1回目から5回目までフィードバックを与えずに施行した期間は,4回目から恐怖心が軽減する傾向が見られた(4回目と5回目の間に有意差あり)。NBWの恐怖心(VAS)は,1回目から5回目までフィードバックを与えずに施行した期間は,毎回徐々に恐怖心が有意に軽減した。なお,5回目の測定から時間を置いた1時間後の測定では,NW・NBWともに有意差はなかった。【考察】 本研究では,NW初心者がノルディック・ストックを用いた後方歩行(NBW)を獲得するまでの学習過程を検討することを目的とした。結果,普段ストックを使用して歩行する習慣のない地域在住高齢者においても,前方へ歩行するNWでは,数回で精神的にも技能的にもある程度の学習が得られたが,後ろ向きに歩行するNBWでは,特に技能面は十分な練習と適切なフィードバックがないと学習が進まないことが考えられた。【理学療法学研究としての意義】 高齢者の10%~30%で転倒事故を引き起こしている現状から,高齢者の後方への移動をトレーニングすることは重要である。本研究の結果から,NBWはNWと比較して運動学習の速度が遅くなる傾向が確認されたが,精神的には早い段階から慣れの現象が認められたため,今後高齢者の後方歩行練習に有用であることが考えられた。平行棒など持ち運びできない機器を使用しなくても,いつでもどこでもできるストックを用いた後方歩行は,今後臨床現場でも応用が可能であろう。