抄録
【はじめに、目的】慢性心不全(CHF)患者は,CHFの増悪により入院加療となった際に,退院時の歩行能力が入院前と比較して低下する症例が多く存在する.退院時の歩行能力には,年齢や退院時の下肢筋力が関連する.我々は先行研究において理学療法開始時の下肢筋力が退院時歩行能力に関連し,そのカットオフ値は0.28kgf/kgであることを報告した(2012年,日本理学療法士学会学術集会).しかし,入院中の下肢筋力向上が歩行能力獲得に与える影響については明らでない.本研究の目的は,急性増悪にて入院となったCHF患者の,入院中の下肢筋力向上が退院時歩行能力獲得の可否に及ぼす影響を明らかにすることである.【方法】研究デザインは後ろ向きコホート研究である.対象は,2009年1月から2011年12月までにCHFの増悪で入院加療となり,各診療科より理学療法依頼のあった連続288症例のうち除外基準に該当せず,データ欠損のないCHF患者112症例である(79.6±9.4歳).除外基準は,歩行障害の原因となる整形外科疾患もしくは中枢神経疾患,不安定狭心症,コントロールされていない重症不整脈および指示動作困難な認知症を有する場合とした.年齢,入院時脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP),左室駆出率(LVEF),トイレ歩行獲得までの日数を診療録より後方視的に調査した.また,車椅子による離床獲得時と退院時に下肢筋力として等尺性膝伸展筋力を測定し(kgf),体重で除した値を算出した(kgf/kg).我々は先行研究を基に,離床獲得時の下肢筋力値が0.28kgf/kg以上である者を筋力高値群,0.28kgf/kg未満である者を筋力低値群の2群に分類した.退院時の歩行能力を連続300m歩行が可能であり介助無しで病棟内歩行が自立した者を歩行自立と定義した. 統計解析は,2群間の比較を対応のないt検定を用い,各群における離床獲得時と退院時の筋力の比較を対応のあるt検定を用いて検討した.また,筋力低値群では歩行自立であることを目的変数,年齢, 性別,BNP,LVEFおよび離床獲得時から退院時までの下肢筋力の変化量を説明変数とする変数増加法による多変量ロジスティック回帰分析を行った.統計学的有意水準は5%未満とした.統計ソフトにはSPSS ver.12.0Jを用いた.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言に従って実施され,対象者には研究の趣旨,内容および調査結果の取り扱いについて説明し,同意を得た.【結果】筋力低値群(35例)と筋力高値群(77例)の比較では,筋力低値群にて筋力高値群に比して有意に年齢が高く(81.4±9.4 vs. 76.4±9.5歳,p=0.012),トイレ歩行獲得までの日数は延長していた(18.9±16.0 vs. 6.1±5.3日,p<0.001).また,両群とも離床獲得時に比して退院時にて下肢筋力は有意に向上していた(筋力高値群,21.8±7.6 vs. 24.1±8.2 kgf,p<0.001;筋力低値群,9.7±3.5 vs. 13.3±5.0 kgf,p<0.001).筋力低値群においては,35例中8例(22.9%)が退院時に歩行自立し,変数増加法による多変量ロジスティック回帰分析を行った結果,下肢筋力の変化量が退院時に歩行自立であることを説明する因子として抽出された(p=0.035,オッズ比1.34,95%信頼区間:1.021-1.747)【考察】急性増悪にて入院し下肢筋力が低下したCHF患者では,入院期の下肢筋力の向上が歩行能力の獲得に関連するものと考えられた。しかし,離床獲得時に筋力が低値を示した症例では退院時に歩行が自立する割合は低くとどまることから,入院期の理学療法プログラム作成する際には,離床獲得までの筋力の低下を防ぎ,筋力を向上するための筋力トレーニングの方法論を確立することが重要であるものと考えられた.【理学療法学研究としての意義】下肢筋力の低下した入院期CHF患者おける退院時歩行能力獲得の可否に関連する因子ついて,入院期の理学療法プログラムおよびゴール設定の上で有用な知見が得られた研究である.