抄録
【はじめに,目的】 我が国の脳卒中発生頻度は年間35万人であり,発症に伴い感覚異常をきたすことが多い.また,加齢や糖尿病といった代謝異常によっても感覚が低下することがある.感覚の低下によって足底感覚や下肢の深部感覚によるフィードバックが十分に得られずに前足部を引きずるなどの異常歩行の原因となる.また,前足部を引きずることで転倒の危険性も高くなる.先行研究では,トレッドミル上でモニター画面による視覚フィードバックにより歩行練習を行う研究などがされている.しかし,人間の歩行はトレッドミル上のみではないため,さまざまな場所で使用出来なければならない.そこで,ポータブル式の聴覚フィードバック装置を作成した.本研究ではその装置の検者内信頼性の検討と,聴覚フィードバック付与による歩行練習の効果を検討することを目的とした.【方法】 自作した装置は,サイズ110 mm×60 mm×35mmの箱の中にマイコンピュータ(arduino社製)と小型スピーカー(村田製作所製)を収納し,有線にて圧力センサ(Inerlink Electronic Inc社製)を接続した.また,データ収集のために本装置とデータ記録用PCをUSB経由にて接続した.圧力センサは踵,母趾球を触診にて圧力センサが中央になるようにテーピングにて貼付した.装置は計測する下腿外側にバンドを用いて固定した.圧力センサ,マイコンピューターを固定後,荷重時に出力信号が得られることを確認し,快適速度にて歩行を計測した.サンプリング周波数は56Hzとし,記録用PCは検査者が持ち運ぶようにした.信頼性の検討として,対象者は若年健常者27名(左右56肢)(男性13名,女性14名)年齢21.3±0.4歳,身長164.2±10.2cm,体重60.4±10.0kgであった.計測項目は,1歩行時間として踵接地から踵接地までとした.足底接地時間として踵接地から母趾球離地までとした.歩行が安定する4歩目以降の6歩行の平均値を算出した.左右の足で測定し,左右の平均値を個人の代表値とした.計測は同一の検査者が行い,1回目の計測から7日後に2回目の測定を行い,検者内信頼性の検討のために,計測1回目と2回目の級内相関係数ICC(1.2)を求めた.聴覚フィードバック付与による歩行への効果を検討するため,脳卒中片麻痺患者1名(左視床出血発症4ヶ月後で表在・深部共に中等度鈍麻)を対象に介入を行った.対象者の移動は院内独歩で自立レベルであったが,歩行時足元を見ながら常に右前足部を引きずりながら歩行していた.足底接地のタイミングを聴覚にてフィードバックするために,踵接地のみでは音階「ド」,踵接地+母趾球接地では音階「レ」,母趾球接地のみでは音階「ミ」と発生するように装置の設定を行い,その状態で5分間の歩行練習を行った.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は,国際医療福祉大学倫理委員会の承認(承認番号12-99)を受け,対象者には研究の内容を十分に説明して参加の同意を得た.【結果】 若年健常者を対象とした結果では,計測1回目:1歩行時間は987.76±90.51msec,足底接地時間は555.05±46.09msec.計測2回目:1歩行時間は1013.61±69.81msec,足底接地時間は552.85±42.29msecであり,検者内信頼性ICC(1.2):1歩行時間は0.819,足底接地時間は0.847であった.脳卒中片麻痺患者への介入効果として,介入前は視線が常に足元にあったが,介入時には視線が前方におきながら歩行することが可能になった.また,足底接地のタイミングが理解でき常にあった遊脚期時の引きずり著明に減少した. 【考察】 自作した装置において検者内信頼性は0.8以上と高い信頼性が得られた.よって,聴覚フィードバックによる理学療法介入を縦断的に行うことも可能である.本症例においては,視床出血と感覚障害を伴う疾患であり,足底接地時に聴覚フィードバック付与により感覚の代償を行うことができ引きずりが減少したと考える.また,視線が前方になることで体幹屈曲姿勢から体幹を起こすことができ下肢の振り出しが行いやすくなったと考える.今後,患者自身でも装着可能として歩行の自主練習など使用方法を検討していく.また,感覚障害だけでなく,パーキンソン疾患者や,失調症患者においても聴覚フィードバックにより歩行を音のリズムとして捉えることも可能であり,歩行の変動にも介入できると考える.本研究の限界は聴覚フィードバックによるため難聴者には使用が困難である.他のフィードバックも検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から,音を使用することで対象者のみではなく介入者などにも同時に共有できる聴覚フィードバック装置の有用性が明らかになった.脳卒中患者だけではなく,様々な疾患においても臨床応用の可能性があり,今後の理学療法臨床場面において有用性の高い研究である.