抄録
【はじめに、目的】近年,慢性痛のマネジメントとして運動は高い有効性が示されており,諸外国のガイドラインにおいても推奨されている(Chou,2007)。運動様式は歩行や自転車駆動など全身または下肢有酸素運動に関するものが多く,その効果として疼痛関連症状の改善が報告されているが,運動による疼痛抑制の生理学的検証は行われていない。また,臨床では下肢の外傷や手術により免荷や固定,安静など罹患部の運動が制限されることは多いが,罹患部以外の部位の運動による罹患部への影響を調べた報告はない。さらに運動部位の違いによる効果を比較したものも見受けられない。一方,運動による疼痛制御メカニズムの1 つとして,視床下部を介した下行性疼痛抑制系の作用やノルアドレナリン分泌によるストレス鎮痛効果が考えられており,疼痛制御における自律神経系の関与が示唆される。そこで本研究は,全身運動,下肢運動および上肢運動による疼痛抑制効果を痛覚感受性と自律神経活動の変化を指標として調べ比較検討した。【方法】対象は健常男性57 名(年齢20.7 ± 1.1 歳)とし,全身運動群18 名,下肢運動群19 名,上肢運動群20 名に無作為に分類した。運動は,3群とも 2〜3METs相当に設定した運動強度で20分間行い,前後15分間を安静座位とした。運動様式は,全身運動群はトレッドミル(Aeromill,日本光電)による歩行(速度4.0km/h),下肢運動群は自転車エルゴメーター(STB-3200,キャットアイ)による下肢駆動(負荷50W,回転数60rpm),上肢運動群はアームエルゴメーター(881E,Monark)による上肢駆動(負荷20W,回転数60rpm)とした。測定項目は,圧痛閾値(PPT),熱痛覚閾値(HPT)および心拍変動(HRV)とした。PPT(デジタルプッシュプルゲージ RX-20,AIKOH)とHPT(温冷型痛覚計 UDH-300,ユニークメディカル)の測定部位は,運動の直接的影響が少ない部位とし,全身運動群と下肢運動群は僧帽筋,上肢運動群はPPTを足部第1 背側骨間筋,HPTを下腿前面中央にて,運動前,終了直後,15 分後に測定した。なお,PPT,HPTとも運動前の値を基準に変化率を算出し測定値とした。HRV(アクティブトレーサー AC-301A,GMS)は実験中経時的に記録し,心拍数,および心電図R-R間隔の周波数解析から低周波数成分(LF:0.04 〜0.15Hz),高周波数成分(HF:0.15 〜0.40Hz)とLF/HF比を算出した。得られた値から運動前,運動中,終了直後,15 分後のそれぞれ5 分間の平均値を算出し測定値とした。統計解析は,Friedman 検定またはKruskal-Wallis検定,および多重比較検定(Tukey-type,Dunn法)を行い,有意水準を5 %とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,日本福祉大学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認を得て実施した。対象者に研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について説明し,同意を得たうえで実験を行った。また,実験に際しては安全対策を徹底し,実験データを含めた個人情報保護に努めた。【結果】PPTは,運動前に比べ全身運動群で終了直後と15 分後,下肢運動群と上肢運動群でそれぞれ終了直後に有意な上昇を示した。また,終了直後は下肢運動群が上肢運動群より高値,15 分後は全身運動群が下肢運動群より高値であった。HPTは,全身運動群は運動前に比べ終了直後と15 分後に有意な上昇を示し,下肢運動群と上肢運動群は変化せず,また群間に差はなかった。心拍数は,3 群とも運動前に比べ運動中有意に上昇し,全身運動群は運動中に下肢運動群と上肢運動群より,15 分後に下肢運動群より低値であった。HFは,3 群とも運動前に比べ運動中有意に低下し,全身運動群は運動中に下肢運動群より高値を示した。LF/HFは,3 群とも運動前に比べ運動中有意に上昇し,全身運動群は終了直後と15 分後に下肢運動群より低値であった。【考察】全ての運動で主動作部とは異なる部位の機械痛覚感受性が低下したことから,運動部位に関わらず広汎性の疼痛抑制効果が得られた。また,全身運動では機械痛覚に加え熱痛覚の感受性低下とその持続効果を認めたことから,全身性の運動の方が局所の運動よりも多様な受容器に対し持続的な疼痛抑制効果が得られると考えられた。一方,全身運動は心拍数や自律神経活動の変化が最も小さかったことから,運動による疼痛制御メカニズムへの自律神経系の関与は少なく,むしろ自律神経系に大きな変化をもたらすような運動の方が疼痛抑制効果を得られにくい可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】下肢や上肢のみの運動であっても広汎性の疼痛抑制効果を得られたことで,直接罹患部の運動を行えない時期や症例であっても遠隔部の運動が疼痛マネジメントとして幅広く活用できる可能性を見出したことに本研究の意義がある。