抄録
【はじめに、目的】外科手術における周術期リハビリテーション(リハ)は術後呼吸器合併症のリスクを軽減し,離床を進める役割を担っている。したがって,リハ介入を行っていく上で,術前から対象患者を把握しておくことは重要であり,その際には身体機能や運動機能,呼吸機能,精神・心理,QOLといった多様な面に対する評価が必要となる。一方,上肢筋力の一指標である握力は全身の筋力や機能予後との関連が報告されており,患者への負担が少なく,繰り返し簡便に測定できる指標の一つである。これまでに術前・術後において握力の変化を検討した報告はあるが,術前における握力と身体,精神・心理,QOLの指標と関連については十分明らかではない。そこで本研究は,開胸ならびに開腹術患者の術前評価において,握力と他指標との関連を後方視的に検討した。【方法】対象は2011年5月から2012年9月の期間,当院呼吸器外科ならびに消化器外科にて外科手術を施行し,術前から理学療法介入を行った症例とした。症例数は189名(男:142名,女:47名,平均68±10歳)であり,その内訳は肺手術117例,消化器手術72例であった。なお,胸腔鏡ならびに腹腔鏡視下で行われた手術例は除外した。評価指標には握力,呼吸機能検査によって測定した肺活量(VC),努力肺活量(FVC),1秒量(FEV1),1秒率(FEV1%),運動耐容能として6分間歩行距離(6MWD),精神的状況を測る尺度にはHospital Anxiety and Depression Scale(HADS),さらに健康関連QOLの尺度であるSF-36 v2(SF)を用いた。各評価は術前に理学療法士による測定または自記式にて行った。統計解析は,正規性を確認した上でPearsonもしくはSpearmanの相関係数を各指標間で求め,有意性の検討を行った。HADSについては不安(A)と抑鬱(D)に区別し,SFについては8つの下位尺度とそのサマリースコアである3コンポーネント・サマリースコアと各指標の相関を求めた。【倫理的配慮、説明と同意】各評価は対象患者に口頭にて十分な説明を行った上で実施した。なお,本研究は本学医学部生命倫理委員会の承認を得て実施した。(承認番号:117)【結果】握力との間に正の相関関係を認めた指標は,年齢,身長,体重,VC,FVC,FEV1,6MWDであり,握力が高値であると各指標も高値を示した。一方,握力とHADS‐Dとは負の相関関係を認め,握力が高値であるとHADS-Dは低値となった。また,SFにおいては下位尺度の身体機能,日常役割機能,活力,社会生活機能,日常生活機能(精神),さらにコンポーネント・サマリースコアの身体的健康,役割/社会的健康と正の相関関係を認め,握力が高値の症例では前述した各SFのスコアは高値であった。【考察】外科手術例において,術前の握力と身体構成,呼吸機能,運動耐容能,抑鬱,健康関連QOLとの関連が窺われた。これまでの報告の多くは下肢筋力と運動耐容能や精神状態,健康関連QOLとの関係性を検討しており,術前評価における下肢筋力の有用性が示されてきた。しかし,本研究では握力においても同様の傾向がみられ,握力を術前に評価することの有用性が窺い知れた。また,握力は健康関連QOLと関連を示したが,その中でも身体機能に関わる尺度のみならず,社会生活や精神状態を表す尺度にも関連がみられ,術前における患者特性を推し量る上で一つの指標になり得ることが推測される。一方で本研究の限界として,下肢筋力を評価しておらず,握力との相違を比較検討できていないことや,術後経過との関連が検討できていないことが挙げられ,今後の課題として考えている。【理学療法学研究としての意義】周術期リハにおいて,術後の早期から離床などの介入を進める上で術前の症例の特性を把握することは重要である。本研究で着目した握力は,簡便かつ身体的負担が少なく測定が行える指標であり,これによって様々な症例特性が推し量れることができるとすれば,理学療法評価における有効な手段となり得るものと期待される。