抄録
【はじめに、目的】マイクロRNA(microRNA:miRNA)は、タンパク質をコードしないノンコーディングRNAで、mRNA からタンパク質への翻訳抑制やmRNA分解など転写後調節に関与している。また、細胞は細胞内で不要となったタンパク質やアミノ酸などをエキソソームと呼ばれる膜構造体に封入して、細胞外へ輸送(分泌)することが知られている。いくつかの腫瘍細胞は、miRNAをエキソソームに封入して、細胞外に分泌していることが報告されている。細胞外へ分泌されたmiRNAは血液中へ移行し、比較的長期間循環血液中に存在する。血液中に分泌されたmiRNAの安定性は高く、miRNA 発現の組織特異性であることと合わせて、血液中のmiRNAによる診断や予後マーカーへの応用が期待されている。一方、骨格筋可塑性制御においても、骨格筋特異的miRNAの役割が注目されている。骨格筋の量的変化により、こうした骨格筋組織におけるmiRNA発現が変化することから、骨格筋細胞もmiRNAを細胞外へ分泌していることが予想される。しかし、骨格筋細胞から分泌されるmiRNAに関する研究報告はなく、それらの存在すら不明である。骨格筋可塑性を反映したmiRNAの分泌が起こるならば、分泌型miRNAが骨格筋可塑性のバイオマーカーと有用である可能性が大きい。そこで本研究では、骨格筋の機能的かつ量的変化をもたらす廃用性筋萎縮ならびに萎縮後の再成長に伴う血液中のmiRNAの応答について検討することを目的とした。【方法】実験には、生後11 週齢の雄性マウス(C57BL/6J)を用いた。マウスに対して、2 週間の後肢懸垂を負荷し、荷重除去によりヒラメ筋を萎縮させた。さらに懸垂終了後、通常飼育に戻すことで、ヒラメ筋への荷重を再開し、その状態で4 週間飼育した。全てのマウスは気温23 ± 1℃、明暗サイクル12 時間の環境下で飼育された。なお、餌および水は自由摂取とした。懸垂前、再荷重直後、再荷重2 週間後および再荷重4 週間後に、マウスの血液ならびに両後肢よりヒラメ筋を摘出した。ヒラメ筋は即座に結合組織を除去した後、筋湿重量を測定した。筋湿重量測定後、液体窒素を用いて急速凍結し、−80℃で保存した。血液サンプルより血漿を得た後、small RNA分画を調整し、マイクロアレイを用いてmiRNAの網羅的解析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、豊橋創造大学の「動物実験に関する規程」に従い、豊橋創造大学生命倫理委員会の審査・承認を経て実施した。【結果】廃用性筋萎縮モデルによる検討の結果、2 週間の後肢懸垂による荷重除去により、ヒラメ筋の筋湿重量の減少が認められた。一方、その後2 週間の再荷重により、ヒラメ筋の筋湿重量は増加した。荷重除去による筋萎縮に伴い多くの血漿miRNAに変動が認められ、特にmiR-135a-2*、miR-491 およびmiR-708 の増加ならびにmiR-547 およびmiR-3071*の減少が顕著な変化として認められた。また、萎縮後の再成長に伴う血液中miRNAの変化では、miR-215 およびmiR-383 の増加ならびにmiR-15a*、miR-99a*、miR141*およびmiR-200b*の減少が著名であった。【考察】マウスの血中miRNA発現は、骨格筋の機能的かつ量的変化による影響を受けることが明らかとなった。しかし、後肢懸垂による骨格筋以外の臓器・組織への影響は無視できず、そうした臓器・組織由来のmiRNAを反映している可能性も十分に考えられる。今後、骨格筋細胞由来の分泌型miRNAを同定することができれば、骨格筋可塑性のバイオマーカーとしてmiRNAが確立すると考えられる。【理学療法学研究としての意義】骨格筋の量的変化は、血中miRNA発現の応答を変動させることが明らかとなった。臨床場面において、ベッドレストやギプス固定による骨格筋の量的機能的変化により廃用性筋萎縮が生じ、これにより日常生活活動への制限を来たし、社会復帰の障害となることは少なくない。骨格筋の量的および機能的変化における血液中のmiRNAの応答を解析することにより、骨格筋の病態のモニタリングが可能となり、リハビリテーション効果を判定する貴重なバイオマーカーの確立することが期待できる。本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費(挑戦的萌芽, 24650411;基盤研究A, 22240071)ならびに私立学校振興・共済事業団による学術振興資金の助成を受けて実施された。