抄録
【はじめに】 車いすの主要な機能は移乗・姿勢・移動の3つであると言われている。利用者にとって駆動しやすい車いすを使用することは生活範囲の拡大につながる重要な因子であり、車いすを選択・提供するうえでの検討が重要である。臨床において移動機能から車いすの選択・提供を行う際、車いす利用者からの主観的な駆動しやすさと、客観的な評価として一定距離の駆動に対する所要時間に着目し、判断していた。当院では臨床普及型の無線式表面筋電図(以下、EMG)を用いて日々の治療アプローチを検討しており、EMGを使用して車いす駆動時の筋活動を計測することで、移動機能を客観的に評価することが可能であると考えた。車いす購入を希望していた施設利用者に対し、EMGを使用して車いす駆動時における筋活動を計測し、車いすの購入の一助として検討した。【対象および方法】 対象は特養施設にて車いすを用いて生活している81歳の左片麻痺女性1例(身長140.0cm、体重36.7kg、BMI18.7)であった。Hoffer座位能力分類(JSSC版)は1であった。座面高、座幅、座奥行きを統一した3機種の車いす(以下、A、B、C)を使用し、居室から食堂までの約30mを移動する際の右側上下肢による駆動時筋活動及び所要時間を3回計測した。駆動時筋活動の計測には無線筋電計km-818MT (メディエリアサポート社)を使用した。被検筋は駆動側大腿二頭筋、大腿直筋とし、電極(P-00-S、Ambu社)を電極中心間距離3cmにて貼付した。駆動周期を推進期と遊脚期に分け、上肢の推進期は肩最大伸展時から最大屈曲時、下肢の推進期は踵接地時からつま先離地までと定義し、1駆動周期に対する推進期の割合を求めた。1駆動周期を100%とし、階級幅5%で正規化した5駆動周期を取り出し、加算平均した。所要時間はストップウォッチを使用して3回計測した。駆動しやすさについて計測終了時に聞き取りを行った。Rコマンダーを使用し、車いすの機種を独立変数、1駆動周期の筋活動量を従属変数とし、Levene検定及びWelch検定後、多重比較(Games-Howell)法を実施した。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に従い、計測実施前に症例に対して本研究の内容と計測結果を車いすの購入機種の選択に活かすことが目的であることを書面にて説明し、同意を得たうえで計測を行った。【結果】 全ての機種で大腿二頭筋は推進期に、大腿直筋は遊脚期に高い筋活動を示した。大腿二頭筋はBに比べ、A、Cでは推進期後半から遊脚期に高い筋活動波形を示した。大腿直筋はA、Bに比べCでは遊脚期後半から推進期前半に低い筋活動波形を示した。所要時間はAが42.4±3.1、Bが34.7±1.7、Cが37.1±3.6秒となり、Bが最も短かった。聞き取りにおいてはB、C、Aの順で駆動がしやすかったとのことであった。各機種間の筋活動量の比較において、大腿二頭筋はAとB間の80%ではAが、AとC間の100%ではCが、BとC間の50%、70~75%、100%ではCが有意に増大した(p<0.05)。大腿直筋はAとB間の20%ではAが、AとC間の15%、20%ではAが、BとC間の5~25%ではBが、40~45%ではCが有意に増大した(p<0.05)。【考察】 BはA、Cに比べ、大腿二頭筋、大腿直筋の筋活動が正反対の峰を描く波形となり、大腿二頭筋において推進期後半から遊脚期にかけてBの筋活動量が有意に減少した。井原は筋の協調収縮についてむやみに拮抗筋が作用すると、主動作筋のトルクを低下させエネルギー消費を高めると報告している。B・Engstromは大腿二頭筋は車いすの推進力に作用すると述べており、今回の利用者に対しては所要時間が短かったBに関して大腿二頭筋と大腿直筋による主動作筋の変換が行いやすくなることで、推進力が得やすいことが示唆された。川澄は車いすの移動機能から適切な車いす処方を行う一要素として車いす駆動動作を詳細に検討し、高齢者の車いす駆動能力を評価する方法の必要性を述べている。以上より、EMGを使用して車いす駆動時の筋活動を分析することで、より推進力を得やすい車いすの選択・提供につながり施設における生活範囲の拡大に寄与することが考えられた。【理学療法学研究としての意義】 EMGを使用して車いす駆動時の筋活動を計測し、筋活動の観点から車いすの推進力について考えることは、利用者が日常生活において駆動しやすい車いすの選択・提供に反映することが可能であると示唆された。また、計測した結果を視覚化することで、車いすの選択理由を車いす利用者や家族、業者へ説明する際の一助となることが考えられた。