抄録
【はじめに、目的】作業関連性筋骨格系障害(以下WMSD)は仕事によって引き起こされた可能性のある筋骨格系の障害と定義される。WMSDは反復作業、力仕事、ぎこちない姿勢に伴う身体的ストレスにより惹起され、これらにより運動機能の障害や疼痛が引き起こされる。2011 年に本邦で行われた「慢性運動器疼痛」の疫学調査では、visual analog scaleで5 以上の6 ヶ月以上に亘る「慢性運動器疼痛」を訴えるものは15.4 %の割合と示されている。その背景因子は、30 〜50 歳代の勤労世代に多く、農業や林業などの一次産業に比べ、専門職や事務、技術職などの二次産業ならびに三次産業に従事するものに多くみられたと報告している。このように本邦においても「慢性運動器疼痛」の中でもWMSDは大きな割合を占めていると考えられ、WMSDの治療や予防対策は重要な課題である。また、WMSDを有する患者に対して、筋力増強運動もしくは筋持久力運動を行うことで疼痛の軽減が見られたとの報告があり、理学療法介入により、運動機能の障害や疼痛の改善効果が示されている。しかし、WMSDの病態については未だ不明な点が多い。一方、動物実験では、ラットの前肢にリーチ把握動作を繰り返し行わせることでWMSDモデルを作製した報告がある。そのWMSDモデルラットでは、運動機能の障害として前肢の握力が低下することが報告されている。加えて,皮膚刺激に対する痛覚閾値の低下しており疼痛が惹起されることも示されている。今回はラットを用いて軽作業負荷である前肢リーチ把握動作の繰り返しによる握力の経時的変化について検討することを目的とした。【方法】実験動物はSD系雌性ラット(10 週齢)を用い、無処置の群(通常群)と8 週間の摂食制限中にリーチ把握課題のオペラント条件付けを2 週間行った後に摂食制限のみ6 週間行う群(摂食制限群)、同様にオペラント条件付けを2 週間行い、その後6 週間にわたって課題負荷を行う群(課題群)の3 群に振り分けた。摂食制限は同週齢の通常群の体重に対して80〜90%以上を保持するように摂食量を調節して行った。なお、水分摂取は制限しなかった。課題動作は自作したスリットの先に飼料台を設置した試験箱にラットを入れ、飼料台に45 mgペレットを15 秒に1 回の頻度で置くことで、ペレットへの自発的なリーチ把握動作を繰り返し誘発した。課題の実施時間は1 回を30 分間とし、4 回/日行った。各課題間には90分間の休憩を与え、3 日/週の頻度で行った。検索項目は課題実施中にリーチを行っている課題遂行時間とリーチの回数、取得したペレットの数とした。また、握力を左右の前肢それぞれについて週1 回測定した。なお、課題群については課題実施中にリーチ把握動作を行った前肢をリーチ側前肢、反対側を非リーチ側前肢とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は本学医学部動物実験委員会の承認を得て実施した。【結果】6 週間の課題遂行時間の平均は113.0 ± 12.0 分(mean±SD)であった。また、課題群1 匹が6 週間の課題期間で行った総リーチ回数の平均は14758.3 ± 3575.4 回、取得したペレットの総数の平均は6579.1 ± 717.0 個であった。握力は課題実施前と比べて、課題実施5、6 週後に課題群のリーチ側前肢が有意に低下し、課題実施6 週後には非リーチ側前肢握力にも有意な低下が認められた。また、課題群のリーチ側前肢の握力は通常群に比べ、課題実施3、5、6 週後に有意に低値を示し、さらに摂食制限群に比べて課題実施6 週後に有意に低値を示した。【考察】リーチ把握動作を繰り返し行ったWMSDモデルラットの先行研究では、課題遂行時間の平均は110 分以上、総リーチ回数は10000 回以上であったことより、本研究においてラットが行った課題動作は先行研究と同等の運動負荷であったと考える。本研究では軽作業負荷であるリーチ把握動作の繰り返しが前肢握力を経時的に低下させ、6 週後においては反対側前肢の握力も実施前に比較し有意に低下したことより、運動負荷の継続により障害の重度が増すことが推察された。これらより、本研究で行ったリーチ把握動作の繰り返しによってWMSDモデルラットの特徴の一つである握力低下が確認できたが、今後さらに疼痛に関連した分析が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】本研究は動物実験において、軽作業負荷の繰り返しにより、運動機能が障害されるWMSD モデル動物を作製することを目的とした基礎研究である。このWMSDモデルラットを用いて、病態の解析を進めることはヒトにおけるWMSDの病態を解明していく一助になり、さらにWMSDに対する介入方策や介入効果の検証につながっていき、理学療法のみならず社会的に有益な研究となり得るものと考える。