抄録
【はじめに、目的】筋量は加齢に伴い減少し、筋力低下を引き起こして日常生活動作能力の低下や転倒の原因となり得る。そのため、高齢期において筋量を評価することは重要であると考えられるが、知見の集積は十分とはいえない状況にある。筋量の測定は二重エネルギーX線吸収法が信頼性の高い検査法として用いられているが、病院以外では検査することが難しく、地域在住高齢者を対象とした保健事業や介護保険施設での検査は難しい場合が多い。二重エネルギーX線吸収法に代わる検査法として生体インピーダンス法があるが、これは立位を取ることのできる対象者に測定が限定され、機器が高価である。我々は先行研究にて座位で計測が可能で、比較的安価な近赤外線分光法(NIRS)を用いた機器を利用して四肢筋量の推定を行い、二重エネルギーX線吸収法による測定値に対する決定係数は0.89となり、NIRSによる筋量測定の妥当性を確認した。本研究では地域在住高齢者を対象とした大規模調査の結果を用いて、NIRSにより推定した四肢筋量と転倒経験、および身体機能との関連性について検討した。【方法】2011年8月~2012年2月に実施されたObu Study of Health Promotion for the Elderly (OSPHE) に参加した65歳以上の地域在住高齢者5,104名のうち、NIRS計測、通常歩行速度、タンデム肢位保持時間、過去1年間の転倒経験の有無を測定できた4,656名(男性2,287名、女性2,369名、平均年齢71.9 ± 5.4歳)を本研究の分析対象とした。NIRS測定にはBFT-3000(Kett科学研究所製)を用い、近赤外光吸光度(Optical density: OD値)に身長と体重の結果を追加して四肢筋量を推定した。四肢筋量の推定には、我々(2012)が作成した推定式を使用した{y = 0.10 × (身長 cm) + 0.24 × (体重 kg) + 7.82 × (前腕部OD値) − 21.42}。過去1年間の転倒歴から転倒経験者と非経験者に対象者を分類し、年齢、筋量、身体機能についてt検定を用いて群間比較を行った。タンデム肢位は10秒で二値化しカイ二乗検定にて比較を行った。また、OD値によって推定された四肢筋量と転倒との関連を調べるため、過去1年間の転倒経験を従属変数とし、四肢筋量、歩行速度、タンデム肢位、年齢を独立変数とした尤度比変数減少法(ステップワイズ法)による多重ロジスティック回帰分析を行った。解析にはIBM SPSS statistics ver. 19を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し、書面にて同意を得た。【結果】過去1年間の転倒経験者は687名、非経験者は3,969名であった。転倒経験者 (72.9 ± 5.9歳)と非経験者 (71.7 ± 5.3歳)間で年齢に有意差が認められた (p < 0.001)。四肢筋量は、転倒経験者 (16.1 ± 3.2 kg)と非経験者 (16.7 ± 3.2 kg)の間で有意差を認めた (p < 0.001)。通常歩行速度は、転倒経験者 (1.21 ± 0.3 m/s)と非経験者 (1.28 ± 0.2 m/s)間で有意差を認めた (p < 0.001)。タンデム肢位も有意な群間差を認めた (p < 0.001)。多重ロジスティック回帰分析の結果、転倒経験と関連する要因として抽出された項目は、四肢筋量 (オッズ比0.96、p = 0.002)、通常歩行速度 (オッズ比0.29、p < 0.001)、タンデム肢位 (オッズ比0.65、p = 0.001)であった。【考察】本研究の結果、転倒経験者は非経験者と比較して高齢であり、四肢筋量や身体機能の低下が認められた。年齢や身体機能を調整してもNIRSによる筋量評価は転倒との関連性を保持し、筋量が転倒のリスクであることが確認できた。これらの結果は、NIRSによる筋量の評価が転倒の危険性を把握するために有益であることを示唆している。また、立位困難な高齢者にもNIRSによる計測は可能であり、OD値を使用した骨格筋量の評価の適用範囲は広い。ただし、本研究は横断調査による結果であるため、転倒と筋量減少との因果関係を言及することはできない。今後は縦断調査の結果を基にしたさらなる検討を実施して、NIRSによる筋量測定の転倒に対する予測妥当性を検討していく。【理学療法学研究としての意義】簡便に筋量測定が可能な指標を用いて転倒の危険性が把握できれば、転倒予防を目的とした対処を立案するための資料となる。また、運動プログラムの効果指標としての活用も可能であり、理学療法評価に資する指標の妥当性が本研究により確認できた。