抄録
【はじめに、目的】呼吸介助法は患者の胸郭に手掌面を当て呼気に合わせて生理的な運動方向に圧迫することで胸腔内を陽圧に変化させ呼気を促進、相対的に増加する胸郭の弾性拡張力により吸気量の増大を得ようとするものとされている。すなわち、呼吸介助法は手掌面から加える圧(手掌面圧)により胸腔内圧を変化させ、換気変化をもたらすものといえる。この方法は、いくつかの生理学的効果が報告されているが、過剰な圧による弊害も指摘されており、手掌面圧が胸腔内圧にどの程度の変化を与えるのか、どの程度の圧が適切なのかなどを検討する必要がある。本研究では、呼吸介助法が生体に与える影響を換気力学的に検討する基礎資料を得ることを目的に、呼吸介助法が行われることの多い背臥位および左右側臥位の3肢位での手掌面圧と胸腔内圧、一回換気量(TV)を測定し、各肢位での手掌面圧と胸腔内圧の差およびその関係、動的肺コンプライアンスの違いについてそれぞれ検討した。【方法】対象は術者を男性理学療法士1名(年齢30歳、身長173cm、体重65kg、呼吸理学療法の経験年数8年)、被術者を健常男性7名(年齢27±2歳、身長177±7cm、体重64±5kg)とした。測定は背臥位および左右側臥位にて呼吸介助法を実施した。いずれも十分な安静(安静時)の後、呼吸介助法を2分(介助時)施行した。胸腔内圧の指標として食道内圧(Pes)を測定した。Pesは総合肺機能検査システム(チェスト社製CHESTAC-8900)を用いて、食道バル-ン法(外径2.5mm、内径1.5mmのポリエチレンチュ-ブに長さ12cmのバルーンを付けたものを使用)にて測定し、流量変化は呼気ガス分析器(ミナト医科学社製AE300-S)を用いて測定した。デ-タはサンプリング周波数100HzでPCに取り込み、安静時、呼吸介助時ともにTV、呼吸数の安定した連続した3~5呼吸を抽出し、1呼吸中のPes最大値と最小値の差(ΔPes)、TVを求めた。手掌面圧は被術者の胸郭にシートセンサ(XSENSOR社製X3PX100)を置き測定した。経時的な手掌面圧変化はサンプリング周波数10Hzで面圧解析ソフト(XSENSOR社製X3Medical5.0)に取り込み、ΔPes、TVを算出した同呼吸時の手掌面圧の最大値と最小値の差(Δ手掌面圧)を求めた。また、動的肺コンプライアンスを算出した。【倫理的配慮、説明と同意】対象の術者および被術者には本研究の趣旨を書面にて説明し、同意を得た。また本研究は甲南女子大学倫理員委員会の承認を得ている。【結果】安静時ΔPes、TVは背臥位で3.57±1.69cmH2O、0.57±0.16ℓ、右側臥位で3.45±1.62cmH2O、0.48±0.07ℓ、左側臥位で3.55±1.96cmH2O、0.51±0.10ℓであり、介助時ΔPes、TV、Δ手掌面圧は 背臥位で12.04±5.83cmH2O、1.22±0.22ℓ、103±18cmH2O、右側臥位で6.41±1.45 cmH2O、1.12±0.12ℓ、122±17cmH2O、左側臥位で7.27±2.45cmH2O、1.14±0.33ℓ、123±26cmH2Oであった。またΔPesの介助時と安静時の差(ΔPes変化量)は背臥位で8.47±4.61cmH2O、右側臥位で2.97±1.34 cmH2O、左側臥位で3.42±1.32 cmH2Oであった。これらの結果よりΔ手掌面圧に対するΔPes変化量の割合は背臥位で8.4±4.5%、右側臥位で2.4±0.9%、左側臥位で2.9±1.3%となり、背臥位と比較し左右側臥位で有意に低い値となった。一方、介助時の動的肺コンプライアンスは背臥位で0.18±0.05ℓ/cmH2O、右側臥位で0.35±0.09ℓ/cmH2O、左側臥位で0.30±0.07ℓ/cmH2Oとなり、背臥位と比較し左右側臥位で有意に高い値となった。【考察】Δ手掌面圧に対するΔPes変化量の割合が背臥位に比較し側臥位で低い値となったことより、側臥位は背臥位に比べ手掌面圧が反映されにくい肢位であることがわかった。背臥位に比べ側臥位では腹部の前方への動きなど手掌面圧が胸腔内圧以外の部分へ及ぼす影響が大きいことが考えられる。一方、介助時の動的肺コンプライアンスは側臥位に比較し背臥位で低い値となった。先行研究より、側臥位に比べ背臥位で機能的残気量が低下し、低肺気量位の呼吸様式になるとされており、介助時にさらに低肺気量位まで呼出される可能性が高い。このため背臥位では介助時に気道閉塞を起こしやすくなり、動的肺コンプライアンスが低下した可能性が考えられる。【理学療法学研究としての意義】呼吸介助法によって実際に起こっている換気力学的な変化を理解し、より適切な呼吸介助法を検討する上で有用である。