抄録
【はじめに、目的】当院では、2005年より体重免荷式トレッドミル歩行練習(Body Weight Supported Treadmill Training;以下、BWSTT)を導入している。BWSTTの効果を検討した研究報告は多数存在するが、国内におけるBWSTT中のインシデント報告は見当たらない。今回、演者が転落事例を経験した。事例の発生後に行ったSHEL分析とその対策を報告することは、BWSTTを安全に実施していくために重要と考えたため報告する。【方法】症例は、60歳代の男性であり、診断名は脊髄損傷(C5レベル)、障害名は四肢麻痺(改良フランケル分類はD1)である。FIMは運動項目61点、認知項目35点であった。2001年に交通事故にて受傷し、他院の急性期、回復期リハビリテーション病棟を経て自宅退院した。2006年より当院の外来リハビリテーションを開始し、2011年6月より演者が担当となった。理学療法の頻度は週2回、歩行能力と耐久性向上を目的にBWSTTを導入した。インシデントに関わる当事者は理学療法士1名(資格取得年数は4年4カ月)、関係者は臨床実習生1名(7週目)であった。内容はトレッドミルからの転落、国立大学病院医療安全管理協議会の定めるインシデントレベルでは2レベルであった。また、当事者のBWSTT実施経験は約4年、症例における実施回数は12回目であった。発生状況は、当事者と関係者の2人でBWSTTを開始し、練習の終了後にトレッドミル上で休憩をとるため、当事者は関係者にトレッドミル上に椅子を置くよう指示をした。当事者は、症例からハーネスを取り外し、椅子に座るよう指示をした。症例が着座すると、椅子後脚がトレッドミルの端からずり落ち、症例は後方の床へ転落し、頭部と背部を打撲した。要因分析にはSHELモデルを用い、Software(ソフトウェア)、Hardware(ハードウェア)、Environment(環境)、Liveware(関与者)、Liveware(当事者)の5つより分析し、対策を立てた。【倫理的配慮、説明と同意】本症例には、本学会の趣旨と発表の趣旨を口頭にて説明し、同意を得ている。【結果】主たる要因として、ハードウェアと当事者をあげる。ハードウェアは、可動式のアンウェイシステムが通常の設置位置よりも後方であったこと、椅子が軽量でトレッドミルの端に置かれていたことの2点を抽出した。前者の対策は、アンウェイシステムの位置を規定すること、後者の対策は、使用する椅子を決め、トレッドミル上の設置位置を規定することとした。また、当事者の要因は、関係者の置いた椅子の位置を確認していなかったこと、着座前にハーネスを取り外していたこと、適切な介助位置は右側であったが免荷を解除するため左側に移動し、その位置で着座動作を行わせたこと、着座動作時に、ハーネスの処理を行っていたことの4点を抽出した。それぞれの対策として、補助者に依頼した事柄は責任を持ち確認をすること、ハーネスは着座後に取り外すこと、動作時の介助位置を徹底すること、患者が動作を行っている際は他の作業をせず、患者から目を離さないこととした。【考察】当院のBWSTTは、アンウェイシステム(Biodex社製)とトレッドミル(Sports Art社製)を併用している。機器の操作方法やハーネスの装着手順は標準化されているが、ハーネスの装着場所や休憩時の方法については、患者の障害に応じて各理学療法士が考慮しており、明確な手順が統一されていなかった。今回のSHEL分析より独自の体重免荷式トレッドミル使用手順書を作成し、事例発生日の翌日より全理学療法士を対象に、事例内容の説明と使用方法について実技講習を実施した。現在、手順書はいつでも確認できるように機器の傍に置き、BWSTTの導入や練習方法については、個人の配慮から各診療班で検討するようになっている。本事例の発生後から現在まで、BWSTTに関するインシデントは起こっていない。理学療法士が関与したインシデント報告は少なく、第47回日本理学療法学術大会では1509演題のうち3演題あったが、いずれも要因については報告されていない。治療効果を検証する研究が盛んに行われる一方で、理学療法士によるインシデント報告の要因を1つ1つ分析し、対策を講じていくことは、安全で質の高い理学療法を提供していくためには、重要な作業であると考える。【理学療法学研究としての意義】理学療法士のインシデント報告を公表し、事例を集積していくことは、インシデントの予防に繋がり、より質の高い理学療法の構築の一助と考える。